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人権問題を考えていただくために

いじめ ~その克服と予防

神戸親和女子大学 教授 新保真紀子さん

1.急増したいじめ認知件数

 文部科学省が発表した2006(平成18年)度いじめ件数は、124,898件(うち小学校:60,897件 中学校:51,310件 高等学校:12,307件 特殊教育諸学校:384件)であり、前年度の6.2倍となった。また、ネットを利用したいじめが約4900件にのぼったことも、子どもたちへの情報モラル教育の緊急性を示す結果となった。文科省は従来のいじめ定義にあった「一方的」「継続的」「深刻」という、調査する教師の主観的判断でいかようともなる文言を削除して、「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的・物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」と改めた。そして調査にあたっては、被害者の子どもがいじめと認知した判断を重視したことは、一歩前進であろう。しかし、都道府県によってその調査基準のばらつきは否めず、前年度比十数倍も増加した県が多く出現する一方で、大きな変化のない県もあり、都道府県別比較や経年比較などが単純には行えない状況だ。


 一方で文科省は、2007年2月には加害者への「毅然とした指導」としての出席停止制度の活用を通知を出している。教育再生会議に至っては、出席停止はもちろんのこと、不適格教員の免許取り上げ・免許更新制や地方教育委員会の中央集権化も提唱している。そこには、子どもであろうと教師であろうと、「不適格な者」は排除し、統制する思惑がありありだ。義務教育段階での出席停止処分は、子どもの教育を受ける権利を奪うものであって、これこそ教育者として不適格なのではないのかと、同和教育の歴史から見ても思う。同和教育や人権教育は、いじめ被害者はもちろんのこと、加害者をも切り捨てずに教育の真ん中に据えて、その人間関係や自尊感情の修復と再生に努力してきた。それは子ども間で起きたあらゆる人権侵害においても同様の姿勢であった。自殺した子どもの悲しさや遺された家族の悔しさに思いを馳せると、全ての子どもたちに何がアンフェアで、何が人権侵害なのかを教えること、まっとうに人間として生きていくための人と人のつながり方を教えることこそ、教育だろう。いじめの事例は千差万別であり、学校によっても状況は異なる。ほんの少し想像力を働かせれば、出席停止のような「目には目を」の方策は学校が大混乱に陥り、相互不信をかき立てる事態になることは目に見えている。加害者が被害者に、被害者が加害者に立場を変えることも往々にしてある昨今のいじめの現状では、混乱の極みとなろう。もっと前向きに、子どもたちの人間関係づくりが肯定的なものになるためにこそ、私たちはそのエネルギーと英知を使いたい。


 学校は、多種多様な生活を背負って通ってくる子どもたちが集団で生活をしている場である。価値観も個性も異なるが故に、対立は必ず起きる。問題はその対立を起こさないようにすることではなく、対立の越え方を集団で学び合うことだ。暴力ではない方法で対立を克服したあとに見えてくる世界を体験することだ。そのためには、学校が民主的で、お互いの多様性を認めあい、協同して活動する喜びと達成感を体験できる場でなければならない。いじめへの対処療法と長期的ないじめ予防プログラムの両面から、子どものエンパワメントを支援する必要がある。