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人権問題を考えていただくために

高齢者に関する人権侵害の現状と課題

フィオーレ南海 施設長 柴尾慶次

2.先行研究・調査報告書

 高齢者虐待は、日常的に、誰にでも起こり得る問題として捉える必要がある。
 ある特定の人物と家庭に特徴的に起きるというものではなく、状況の虐待者というように、誰でもがそのような状況下に置かれると、そのような対応をしてしまう危険性を抱えている、という意味での状況の虐待者と考えている。
 歴史的に見ても、いずれの地域、国、社会においても社会経済の状況、家族構造、等により高齢者虐待は発生してきた。物語、伝説、昔話等で語り継がれている虐待の歴史がある。かぐや姫、一寸法師、桃太郎伝説など、社会経済が貧しい時代に、飢饉が発生したような場合には、社会的弱者である高齢者や児童にしわ寄せが起きた。川をめぐる捨て子の物語、山を巡る捨て子の物語である。また、各地の鬼伝説は、認知症高齢者が背景にいるといわれている。民俗学や文化人類学などの知見による。
 1995年前後に全国的な調査が研究者を中心に始まっている。その主たる傾向は、家意識がまだ残存している社会背景で、介護は家族がすべきものというようなジェンダー、実際は核家族が伸展し、副介護者の得られない状況で、介護を息子の妻に押し付けていた。福祉サービスは逼迫している上に垣根が高く、お上のお世話的な発想が抜けない中で、孤立する介護者が追い込まれ、「介護ストレス型」の虐待が起きていた。それも、共通していたのが、虐待している人もされる人も女性が大半を占め、とくに息子の妻によるネグレクトを中心とした虐待傾向が顕著であった。
 ところが、介護保険施行後、2003年に医療経済研究機構が厚生労働省の委託調査として全国調査を実施した。その結果報告書では、虐待を受けている人の4分の1が男性。虐待をしている人の2分の1強が男性と、介護保険の前後で虐待者の様相が一変している。男女比が逆転したこと、虐待者全体の3分の1が息子。同居率が88.6%という、「パラサイト型」虐待へと劇的に変化した。
 従来のパラサイト状況とは、20~30歳代の比較的若年の人が、定職に就かず、経済的にも生活上も自立しないで親と同居しているような状態をいうが、高齢者虐待の場合、パラサイトしている中高年男性は、経済的にはさらに深刻な状況下にある。とくに、介護保険施行前後の日本が構造不況下にあって、大量にリストラされた中高年男性であり、親の介護を理由、転職、職探し等の何らかの理由で定職に就かず、親の年金資産にしがみつく状態である。40~64歳の無年金世代である。
 2006年度の全国の家庭内虐待と、養介護施設従事者等による虐待の集計(厚労省発表、確定版2007.12.19.)において、家庭内虐待が12,000件あまりで、おなじく養介護施設従事者等によるものが54件である。この数字をどう読むのかであるが、児童虐待が現在、年間38,000件ほど報告されている。年少人口比率(15歳以下の児童比率)16%である。高齢化率は、21%を超えている。それで都道府県が把握している数字が12,000件、実際はこの3倍以上あるのではないかと筆者は推計している。また、虐待者であるパラサイト息子は、さらにポイントを上げて38.5%になっている。これは全国平均である。大阪府の独自集計では、48.3%と半分近くを中高年男性、息子が占めている。この数値は、ニート、引きこもりの若者への就労支援が進む中、中高年男性の再雇用市場は、冷え切ったままで、特に大阪は景況状況等も含め雇用自体が伸びていないのではないか、その結果、虐待者(息子)の状況がさらに自立を難しくしているように見受けられる。
 養介護施設従事者の虐待にいたっては、もっと実数が多いのではないかと推計している。
 その根拠は、同じ2006年度の認知症介護研究・研修センターが行った、全国の特養、老健の現場職員、責任者に対する実態調査の結果が公表されている(2007.3.)。その実数が約500件、回収率20%である。この回収率を無視して実数だけを見ても約10倍の開きがある。単純に回収率を割り戻すと、約50倍の数字が隠されているとも読み取れるが、しかし、実態はもっと深刻ではないかと考えている。とくに、介護の現場が疲弊してきていて、スタッフが集まらない、専門学校の介護課程が定員割れを起こし、閉鎖する専門学校も出てきた。危機的状況である。こういう中で、施設の介護職員をはじめとした現場のたいへんさは、介護報酬が引き下げられ、給与も上げていくための原資がない中で、いったん退職者が出ると、なかなか穴埋めができない状況が起きている。その負担がすべて、残った職員にかかってくる。職員のストレスマネジメントが十分できていない、また、認知症高齢者が増加、重度化するなかで、BPSD(認知症の行動と心理症状)による介護に抵抗、暴言、暴行などが職員のストレス度、緊張度をいやがうえにも高めてしまい、言わなくてもいい一言や力で抑制するような状況が生まれかねない。
 専門職比率も、以前に比べ低下傾向を示しており、現在では介護現場の介護福祉士の充足率が40%をきっている。46万人ほどの有資格者がいるが、26万人ほどしか就労せず、離職率も高い。また、穴埋め人事は、常勤雇用ではなく、非常勤雇用が増加している。また、派遣労働に頼る施設も出てきた。
 人材確保指針が見直され、給与改定等も必要であるとされているが、事態はさらに深刻度を増していくのではないかと懸念している。