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リレーエッセイ
上杉孝實(うえすぎ たかみち)さん 第69回
成人教育における人権学習は、生活課題を根本に


上杉孝實(うえすぎ たかみち)さん

京都大学名誉教授


学んで初めて差別に加担していた自分に気づく

 わたしが社会教育、なかでも特に成人教育における人権学習に着目してきた原点には、自分自身の経験があります。わたしが育った時代は戦時中ということもあり、教育の場に「人権問題」という視点は皆無といってもいい状況でした。敗戦後、ようやく基本的人権の尊重という概念を学校で学ぶようになります。それはそれで大切なのですが、部落問題のように身近にある問題については、やはりまったく学ぶ機会がありませんでした。まともに向き合う機会すらなかったといえます。日常のなかで差別的な言葉が飛び交っていても、それが何を意味するかがわかりませんでした。差別的な意味だということはわかっても、それがどういう意味をもつのか、なぜその言葉が使われるのかということを考えることもなく、ただ差別的な言葉であるということだけを認識していました。そして他人事として受け流していたのです。
 そうしたやりとりを、たとえば「部落問題」という位置づけで押さえることができるようになったのは大学に入ってからです。それまでは、自分は差別をしていないつもりでしたが、目の前の差別を見過ごしていました。それは差別をしているのと同じです。そのことに気づいた時、具体的な人権問題をきちんと学ばなければ、人権について具体的に把握あるいは理解したことにはならないと痛感しました。

ニュータウンで体験した差別

 1970年代に、開発されたばかりの千里ニュータウンの豊中市域に住んだ経験も人権教育に携わる契機となりました。当時、わたしは30歳代で、それはニュータウンの住民の平均年齢でもありました。できたばかりのまちで、PTAや民生児童委員など、さまざまな活動に参加しました。豊中市で設立された人権教育推進委員協議会にも参加し、社会教育研究者や職員で始めた大阪社会教育研究会でも、同和教育に取り組みました。
 一方で、こんな体験もありました。幼稚園に通っていた娘が、友だちから誕生会に誘われたのですが、翌日になって「おかあさんがあそこの子は呼んだらあかんと言った」と誘いを取り消してきたのです。広大な千里ニュータウンには、公団住宅や公営住宅、分譲住宅など、さまざまな形の住宅が混在しています。わたしたち家族は公営住宅に住んでいたのですが、実は地域のなかでは公営住宅が差別的に扱われる場面がたくさんありました。
 しかし公営住宅の住民たちの間には、「このまちを子どもたちにとってのふるさとにしなければ」という気運が強くありました。住民同士で問題を出し合い、考え合いながら、共同でさまざまな取り組みができたのは今でもいい思い出です。

「外枠」を脱ぎ捨てて楽になる

 成人学習の大きな特徴は、生活課題に取り組む点です。生活課題といっても幅広いのですが、もっとも切実なのは貧困状態に置かれた時です。では、なぜこんなに貧しいのか、どのように解決していくのか、あるいはよりよい生活を築くためにはどうすればいいのか。個人の問題としてではなく、人間らしく生きるのを阻んでいる社会の問題を学んでいくのです。
 また、成人学習の望ましいあり方として、グループでの学習が挙げられます。多様な考えをもつ人とともに学ぶなかで刺激を受け、自分を客観的に見られるようになります。私が知っている学習グループでも、「自分は今まで人より上か下かということにとてもこだわって生きてきた。けれどもそうした“外枠”を脱ぎ捨てて、生の人間として人と接していけばいいんだと気づき、とても楽になった」と表現した人がいました。
 とはいえ、学んだことがすぐに身につくわけではありません。長年、人権教育推進委員をやっていた人の発言が差別的ではないかと指摘されたことがありました。するとその人は「私は人権教育推進委員をやっているのだから、差別なんてしません!」と返しました。こうした意識こそが落とし穴です。むしろ指摘を受けたことを新たな学びの機会ととらえ、もう一度自分をふり返ろうとする気持ちが大切です。人権学習は、繰り返して何度もやる中で定着し、力になるのです。

参加者が力を発揮できる学習の場を

 人権学習には核となるリーダーも必要です。リーダーに求められる要素はいくつかあると思いますが、基本的には「人を活かせる」、すなわち参加者の一人ひとりが力を発揮できるように支えることだと考えます。そのためには、お互いに人として認め合い、尊重しあうというまなざしが必要でしょう。さらにいえば、心理的な問題だけでなく、社会的な状況にメンバーがどのように気づき、立ち向かう力をつけていくことができるかということを考えることも必要です。それは学習プログラムに関しても同様です。問題の歴史や内容についての知識伝達型ではなく、また、参加体験型などでときどき見られる方法論偏重型ではない、これらをあわせる学習が求められています。参加者の話をうまく引き出し、人と人とをつなぎ、社会を変えようとする力へと転換することが人権学習の本質です。
 かといって、堅苦しいものである必要はありません。私が携わってきた人権学習の場では、頑なだった人が変わっていく姿も多く見られました。人が変わっていく姿は、周囲の人たちにも大きな影響を与えます。偏見や思い込みから自分を解放する喜びや、人と対等な関係を築く楽しさなど、今までの自分になかったものが得られた実感は大きな励みになります。その感覚を一人でも多くの人に味わってほしいと思います。

     上杉孝實(うえすぎ たかみち)さん
  • 京都大学名誉教授 元日本社会教育学会会長、日本公民館学会理事
  • 京都府男女共同参画審議会会長、兵庫県県民生活審議会副会長、兵庫県宝塚市人権審議会副会長
  • 世界人権宣言大阪連絡会議代表幹事、識字・日本語連絡会代表幹事、社)部落解放・人権研究所理事
  • 財)大阪府人権協会人権啓発指導者養成委員会委員
  • 参加体験型人権・部落問題(RAAP(ラップ))プログラムファシリテーター養成講座講師
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