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リレーエッセイ
辻川圭乃(つじかわ たまの)さん 第59回
援助の必要な人が罪を犯さないための取り組みを


辻川圭乃(つじかわ たまの)さん

弁護士


介助や介護が必要な人が刑務所に

 罪を犯した人を「刑余者」と呼びますが、一般に、刑務所に入る人は「怖い」「凶悪」というイメージを抱いている人が多いと思います。けれども現実には、介護や介助が必要な人がかなりの数刑務所に入っていることがわかってきました。2006年度の法務省特別調査によると、調査対象受刑者27024人のうち、知的障がい、または知的障がいが疑われる人が410名でした。その中で、療育手帳をもっている人は26名で、犯罪の動機が「困窮・生活苦」であった人は150名(36.8%)でした。また初めて刑務所に入る人たちの高齢化も進んでおり、出所後に再犯にいたるまでの期間が若年層に比べて短いことがわかってきました。65歳以上の高齢受刑者が服役後5年以内に再び入所する割合は約6割にものぼっています。
 刑務所に、日常生活において介助や介護が必要な人が一定数いるということは衝撃的です。

犯罪の背景にはさまざまな「困難」がある

 知的障がいのある人が罪を犯したとき、障がいのない人と同じように反省を求めたり、罰したりするだけで足りるのでしょうか。圧倒的に多いのが「窃盗」で、多くの場合、背景には生活苦があります。住むところがないために住居侵入をし、食べるものを買うためのお金を盗むのです。100円単位の万引きをする人もいます。いじめや恐喝の被害に遭い、手持ちのお金がなくなってしまったために盗んだり、盗みを強要されていたりしたケースもあります。
 こうした背景を本人が自分から系統立てて話すことはかなり困難を伴います。知的障がいに関する知識のない警察官や弁護士が聞き取りをしてもなかなか表に出てきません。もちろん少額であっても万引きはいけないことですが、「なぜ盗んだのか」をきちんと検証しなければ、再犯防止や更正につながらないのです。
 盗んだ背景が明らかになり、知的障がいに理解のある弁護ができれば、再発防止に向けての取り組みが可能になり、場合によっては起訴猶予も可能です。しかし、現実にはなかなか障がい理解が進まず、したがって再発防止のために必要なケアや取り組みがなされず、窃盗を繰り返して懲役刑を受ける人たちが少なくありません。  

再犯防止のために弁護士ができること

 初犯であれば執行猶予がつく犯罪も、再犯が繰り返されれば実刑になります。窃盗の場合、繰り返せば常習累犯窃盗となり、法定刑がぐっと重くなります。数百円の物を盗んだだけでも1年半から2年は刑務所に行かざるを得ないということになります。常習累犯窃盗罪というのは、戦後に凶悪な窃盗犯が横行したときに強化された法律です。障がいや高齢などのハンディキャップをもち、社会での受け皿もない人たちが繰り返すという今の実態にはそぐわない部分があります。
 法律の見直しも必要ですが、まずは犯罪を繰り返さないための取り組みが不可欠です。知的障がいのある人や高齢の人の弁護をしていると、「福祉的な機関があれば罪を犯さずに済んだのに」と思うことが度々あります。これまで弁護士の仕事は判決を受けた段階で終了でしたが、弁護活動のなかで福祉的なネットワークをつくる、障がい者手帳をもっている人が出所するときに自立支援協議会で開かれるケース会議に出席するなど、再犯防止にむけてできることがあります。多重債務の整理や生活保護申請の同行支援なども同様です。弁護士会では更生保護施設において定期的に法律相談をするなどの活動を始めています。

犯罪の背景に目を向けてほしい

 現在、司法は厳罰化の傾向が強まっています。社会全体においても社会的に弱い立場にある人たちへの厳しいまなざしがあります。社会情勢の不安定さが根底にあると思いますが、自分たちとは異なる者、弱い者を排斥しようとする「無意識の意識」が働いているように感じます。
 また、場の空気が読めない、適切な行動がとれないという障がいの特性のために、人を怒らせたり傷つけたりして、より重い罪に問われることになります。さまざまな困難が重なっているのに支援が受けられないままであれば、重い罰を受けても本当の意味での償いや更正にはつながりません。「刑務所に入りたい」と万引きを繰り返す人もいますが、それはその人にとって刑務所よりも一般社会のほうが厳しいということです。本来、誰もが人として最低限の文化的な生活を送る権利があります。まったく自由のない刑務所での生活がまだましだと言わしめている現状を変えていく必要があります。
 2009年度から、生活支援を得られないまま再犯にいたる「累犯」を防ぐため、法務省と厚生労働省が連携して司法から福祉へつなぐ取り組みが始まります。
 一方で、裁判員裁判も始まります。逮捕されそうになったとき、障がいのためパニックになって暴れてケガをさせれば、窃盗が強盗致傷になります。同じようにパニックで包丁を振り回せば、たとえ殺す気はなく、殺してもいなくても、殺人未遂で起訴される場合があります。その結果、裁判員裁判のなかで裁かれることになりますが、短期集中型の限られた時間の中で、背景の解明が十分でないまま裁判が進むことに大きな危惧を抱いています。
 安心・安全な生活を求めるのは誰しも同じです。そのためにも一つ一つの犯罪が起きる背景をていねいに検証し、裁判で明らかにし、再犯防止に向けた取り組みの必要性を社会全体で共有したいものです。そのためには、私たちが罪を犯した人を排除するのではなく、犯罪にいたるには何か原因があるととらえ、償った後には社会に受け入れていくという視点をもつことが求められます。

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