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リレーエッセイ
大谷 強(おおたに つとむ)さん 第20回
障害者の就労意欲を生かす仕組みづくりを


関西学院大学 教授
大谷 強(おおたに つとむ)さん
働くことも人権のうち
 労働組合運動に関わり、労働経済を専門にしていたぼくが福祉問題と出会ったのは1970年代でした。賃金や労働時間の問題だけでなく、年金や医療、環境といったものに労働運動も関わらなくてはいけないのではないかという議論が出てきたのです。労働条件だけでなく、生活そのものにコミットしていこうということです。ぼく自身も生活支援というテーマに関わり始め、特に障害者や高齢者、母子家庭といった社会的に弱い立場に置かれている人たちの生活支援に注目してきました。
 ちょうどその頃から日本でも障害者運動が活発になり、「福祉に頼りきりではなく、自分たちも働きたい。働くことを社会的に支援してほしい」という声が出始めたのです。働くことによって社会との接点が生まれる、自己実現も図れる、さらに経済的自立が果たせて、生活設計も立てられる。これらを含めて「人権」なんだという考え方です。ぼくも非常に共感し、これからの福祉は働くこととセットで考える必要があると思うようになりました。
個別対応が企業の活性化にもつながる
 障害者が働くことに対して、社会の「壁」は今もあります。まずは収入です。作業所や授産施設では5千円から1万円が給料の平均です。障害者年金と合わせて一人暮らしができるぐらいの収入を得るには、せめて最低賃金は保障したいところです。次に受け入れ態勢の問題です。これまでは「障害者は労働能力がないから働けない」とされてきました。しかし実は企業の側が障害者の力を生かす方法を知らないのです。どんな人にもその人なりの能力があります。それぞれがもっている力を生かせるような援助や環境を提供できれば、あるいは同僚が障害をよく理解して力を引き出せる対応ができれば、もっと力が発揮できるはずです。
 一方で、矛盾するようですが、受け入れ態勢を整えたからといって障害者の就労がスムーズにいくというわけではありません。力量や仕事のやり方はそれぞれ違うので、「誰でもなじめる万全の態勢」はあり得ないのです。これまでの採用は、入社試験を実施して会社の方針に合う人を採用していました。個性ある一人ひとりが力を発揮するために必要なサポートをするという発想がなかったのです。しかし障害者が働くためには個別対応が必要です。しかも実際に働き始めてから必要な援助やそれまでのやり方を変えざるを得ないことが明らかになってきます。企業にとっては「面倒」でしょう。コストもかかります。しかし障害者に限らず、一人ひとりが自分に合ったやり方と環境で働くことは、その人の力を最大限に発揮することにつながります。ひいては企業の力にもなるわけです。
 失敗してもやり直せる、何度でもチャレンジできることも大切です。今は障害の有無に関わらず、一度失敗すると「ダメなやつ」と烙印を押されてしまう。そのプレッシャーが弱い立場の人、福祉サービスを受けている人への風当たりにもつながっています。世界のイチローだってヒットが打てるのは3割から4割。失敗から学び、またチャレンジできる仕組みこそが大事です。
さまざまな人が暮らすまちこそが「強い」まち
 話が少しそれますが、地域についても同じことが言えます。阪神淡路大震災が起き、障害者とその支援者のグループがもつ力に驚かされました。日頃使っているネットワークを使って素早く安否確認をし、炊き出しをして地域の人たちにもふるまい、大変喜ばれました。「弱い」からこそふだんから支えあうネットワークをつくり、バザーなどで炊き出しをして収入を得ていた人たちが、非常事態の時にはそれらが力を発揮し、それまでは「強い」と思われていた人たちを助けたのです。ふだんはネットワークなど必要のない人たちはいざとなると安否確認ひとつにも手間取るし、大人数の炊き出しなど経験がないのでお手上げです。社会や地域から援助される一方だと思われていた人たちが、援助する側に回る時もあるということを実証したいい例だと思います。
 一方、仮設住宅では障害者や高齢者を優先入居した結果、誰かが倒れても近所は助けに行けないということが起こりました。行政としては気を遣ったつもりが逆効果だったわけです。中越地震が起きた新潟では神戸の教訓を生かし、さまざまな人が交じって仮説住宅に入居するよう配慮されました。障害者、若者、高齢者、小さな子どものいる世帯…さまざまな人たちが暮らすまちが本当の意味で「強い」まちなのです。
多数決民主主義から「質」重視の民主主義へ
 就労も人権のひとつとして考える大切さについて述べてきました。「福祉から就労へ」とひと言で表現することもあるのですが、気をつけなければいけないのは「福祉を切り捨てても構わない」と言っているのではないということです。今は国の財政も市民全般の生活も厳しい時代です。福祉サービスを受けている人に対して「甘えているんじゃないか」という厳しい目が向けられています。働けない人に「おまえも働け」という強制力が働いているのも現状です。ぼくが言いたいのは、「働きたいという意思をもちながら働く場から追い出され、福祉サービスに頼らざるを得ない人がいる。そういう人の活力、意欲、希望を実現していくためにも福祉と労働を統合し、労働政策に福祉的な視点を入れていく必要がある」ということなのです。
 「強い市民」の声が反映する多数決民主主義ではなく、社会のなかで最も弱い立場に置かれた人たちの声を大切にした、いわば「質」を重視する民主主義がこれからの日本には必要なのではないでしょうか。福祉に頼らない「強い市民」も実は不安を抱えているからこそ、弱い立場の人に攻撃的になってしまいます。けれども「弱い市民」が堂々と自己主張し、権利を獲得していくことが「強い市民」の生きやすさにもつながるのです。市民同士が対立する構図から学びあう関係へと変えていきましょう。
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