...令和5(2023)年度 第4回...
「障がいの社会モデル」を共有し、
誰もが生きやすい社会へ
西尾元秀さん
(障害者の自立と完全参加を目指す大阪連絡会議(障大連) 事務局長)
「守られるべき存在」から「権利ある主体」へ
私たち「障害者の自立と参加を目指す大阪連絡会議」(障大連)は、障がいの種別・程度に関係なく、すべての障がい者が地域で社会参加(生活)することを求めている団体です。現在、府内の約90団体が加盟し、大阪府など行政に対する要望や交渉、研修会などをおこなっています。
名称に「自立」とありますが、「自分でなんでもできる」という意味ではありません。設立当時、障がい者に対する社会のまなざしは「権利をもつ主体」というよりも「守られるべき存在」という側面が強くありました。そんな社会のなかで「自分の生き方は自分で決める」という思いを込めた名称です。
障大連が設立された昭和55(1980)年以降、障がい者をめぐる社会の意識や施策は前進してきました。たとえば平成18(2006)、国連で「障害者権利条約」が採択され、日本は平成19(2007)に署名しました。平成23(2011)年、「障害者権利条約」を批准するため、「障害者基本法」が大幅改正されました。条約に署名するのは「賛成の意思表示」で、批准は「正式に同意」を示すものです。正式に同意した以上、その内容を日本で実現する必要があり、そのための法整備が求められたことから、法改正により「障害を理由とする差別の禁止及び合理的配慮の提供義務」が盛り込まれました。
そして、平成28(2016年)に「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(障害者差別解消法)」が施行されたのです。
「生産性」で人を分ける不寛容な社会
しかし同じ平成28(2016)年、知的障がい者福祉施設「津久井やまゆり園」で多くの入所者が殺傷される事件が起きました。私たちは大きな衝撃を受けると同時に、社会の反応に危機感を抱きました。事件を起こした死刑囚は、意思疎通の取れない重度障がい者を「心失者」と表現し、「生産性のない者は生きる価値がない」という持論を持っていました。お金と時間をかけて障がい者を「養い続ける」ことは社会の負担であるとも述べています。事件直前には衆議院議長に宛ててこうした持論と大量殺害を予告する文書を送っていたこともわかりました。
決して容認できない、ゆがんだ認識です。しかし、「そういう考え方もあるのか」と半ば肯定するかのような社会の空気を感じました。やまゆり園で起きたのは特異な事件ではなく、「生産性の有無」で人間を分ける不寛容な社会を象徴しているように思えてなりません。障がい者施策や制度は進んできていますが、社会全体としてはむしろ生きづらい方向に向かっているのではないでしょうか。
また、令和2(2020)年には、大阪市内の心療内科クリニックが放火され、院長や多くの患者が犠牲となる事件が起きました。放火したのはこのクリニックに通院していた男性で、自身も亡くなっています。後にその男性は、社会的にも経済的にも非常に厳しい状況にあったことがわかりました。
衝撃的な事件であるほどセンセーショナルに報道されます。しかし私たちが考えなければいけないのは、障がいや生きづらさを抱えた人を避けることではなく、「障がいのある人が地域から隔離されて暮らしているのはなぜか?」「生きづらい人がさらに追い詰められる前に、社会がどう支えられるのか」ではないでしょうか。次の事件を起こさないためにも、そうした発想が大切だと考えます。
「合理的配慮」とは。何が求められているのか?
令和6(2024)年4月から「改正障害者差別解消法」が施行されます。今回の大きなポイントのひとつは、これまで行政機関に義務付けられていた合理的配慮の提供を民間の事業者(NPO法人や社会福祉法人等も含む)にも義務付けたことです。
合理的配慮の提供とは、「障がいのある人から、本人にとって障壁(バリア)になっていることを取り除くよう希望された時、必要かつ合理的な配慮をすること」「障がいの特性に応じて、設備やルール、慣行などの柔軟な変更をおこなうこと」です。具体的には「視覚障がいのある人が買い物をする際、店員が商品棚まで案内し、価格や商品名情報を説明する」「車いす利用者がお店を利用する際、入り口に段差がある場合、簡易スロープを置く」などです。
「求められたことにはすべて応じなければいけない」ということではありません。私たちが注目していただきたいのは「障がいのある人にとって障壁(バリア)になっていること」という部分です。これこそがその人を暮らしにくくさせている「障がい」であり、社会が取り組むべき課題だという考え方を「障がいの社会モデル」といいます。この考え方が国際的にも主流になっています。
「障がいの社会モデル」の考え方が広く共有されることで、「障がい者」への差別や偏見は減らせると思います。共有するには、障がいの有無や種類、程度に関わらず、誰もがお互いに人格と個性を尊重するとともに、お互いをよく知ることが重要でしょう。子どもの頃から障がいのある子も、そうでない子も、ともに学び成長するといったインクルーシブ教育を進めることは、保護者や地域にとっても「障がい」について学ぶ機会となります。私たちはそういった「教育」にも取り組んでいます。
そして、「障がいの社会モデル」の普及やインクルーシブ教育に果たす行政の役割は大きいと考えます。行政では、啓発活動や情報発信、地域の自治体や地元企業、障がい者団体と連携した取組が進められています。
また、合理的配慮の提供の支援事例として、事業所に対して助成金の支援に取り組んでいる自治体もあります。例えば、コミュニケーションツールの作成、筆談ボードやスロープなどの物品の購入、手すりの設置や段差の解消など工事の施工の費用を事業所等に助成する取組が行われています。
このように、障がい者の差別解消に向けた啓発や合理的配慮への支援が取り組まれている一方で、自治体の相談窓口に寄せられる障がい者の差別に関する相談や困りごとの相談などがまだまだ少ない状況があります。相談が増えることは、障がい者の実状を知ることにもつながります。全市町村に設置されている既存の人権相談窓口や総合相談窓口を活用することで、気軽に相談できる場を提供し、ひいては、障がい者の声を啓発の取組につなげたり、障がい者に係る施策の充実につなげていくことができるのではないでしょうか。
病気や老いなどで誰もがいつどんな不具合を得るかはわかりません。どんな状況になっても、生きたいように生きられる社会であることは、誰にとっても安心して暮らせる社会であると思います。
(2024年2月)