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...令和5(2023)年度 第3回...

男性優位社会があぶり出す「男性の生きづらさ」とは


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多賀太さん

(関西大学文学部総合人文学科教育文化専修 教授)


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男性優位社会を温存してきた日本

 
 日本社会が女性たちにとって生きづらい社会であることは多くのデータが証明しています。男女雇用機会均等法が成立して35年以上が経過した今も、賃金や管理職の割合などに男女格差があり、既婚、未婚、離婚を問わず女性の貧困を生み出す要因となっています。家事育児の負担は女性に偏りがちで、共働きの女性は仕事との両立に神経をすり減らし、キャリアを手放す選択をせざるを得なかった女性も少なくありません。こうした格差は国際的にも明らかにされていて、国連の人権委員会からも再三に渡って是正勧告を受けています。

 日本社会がいびつな男女格差を温存してきたのには理由があります。「男は仕事、女は家庭」「男が主役、女が脇役」という固定的性別役割と男性優位の体制のもとで経済発展をとげ、物質的に豊かな社会を実現しました。敗戦した1945年から1980年代までは、「物質的豊かさ」という目標を社会全体で共有できたのです。

 つまり従来の日本は、男性の生活が仕事と稼ぎ手の役割に、女性の生活が家庭の役割に偏る「ワーク・ライフ・アンバランス」社会でした。その結果、男性が社会的・経済的優位に立つ「ジェンダー不平等」社会となったわけです。その中でも「性別に縛られず、自分らしく生きたい」と行動する人はいましたが、「男のくせに」「女だてらに」と冷たいまなざしが向けられました。

 

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自身の生きづらさを語り始めた男性たち

 
 人々の意識や価値観も多様になり、固定的な性別役割分担意識(女性と男性、それぞれの性別を根拠に押し付けられてきた役割分担の意識)がもたらす課題がより意識されるようになりました。女性差別や男性優位社会は日本に限った問題ではありません。海外でも女性たちによる女性解放運動が生まれていましたが、1991年にカナダで男性が主体となって女性に対する暴力撲滅に取り組む「ホワイトリボンキャンペーン(WRC)」が始まりました。日本では2012年に神戸で始まり、2016年に「一般社団法人ホワイトリボンキャンペーン・ジャパン(WRCJ)」が設立、私も当初から運営に携わっています。WRCJでは、1.耳を傾ける 2.暴力に訴えない 3.相手も自分も大切にする、という「フェア(対等)メン3カ条」を掲げています。

 同時に、私たちは男性の生きづらさについても語り合い、発信してきました。男だというだけで競争し続けなければならないというプレッシャーや「男は強くあらねばならない」という社会規範から「弱みを見せられない」とつらさを抱え込み、精神的に追い詰められるといったことを感じてきました。

 

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「男性対女性」の二項対立ではなく

 
 生きづらさを裏付けるデータもあります。男性の自殺者数は女性の2倍以上であり、仕事や経済的理由で追い詰められる人の割合が女性よりも高い傾向があります(厚生労働省・警察庁「令和2年中における自殺の状況」)。また、肥満や高コレステロール、高中性脂肪、肝機能異常など生活習慣病の危険因子は女性が60歳前後で上昇するのに対し、男性は50代でピークとなりますが、これは在職中の不健康な生活が原因ではと推測されます(日本人間ドック学会「2012年集計健診データ」)。さらには、60歳以上の孤独死は圧倒的に男性が多い状況です(一般社団法人日本少額短期保険協会2019)。

 こうしたデータから、男性の稼ぎ手の役割や職業的成功への期待の強さ、仕事以外の人間関係の希薄さ、精神面・生活面での妻を始めとする女性への依存度の高さを感じます。

 社会的には女性に対する抑圧が圧倒的に強いのは明らかですが、女性対男性という二項対立で「どちらがつらい」かを議論するより、誰もが生きたいように生きられる社会にするために何が必要なのかを議論したいと考えています。どちらの生きづらさも性別役割分担意識に基づくいびつな社会構造という根っこでつながっており、表裏一体の問題だと考えるからです。

 

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社会問題は「心と個人の問題」ではない

 
 当事者としての私たち一人ひとりが意識したいのは、今が「過渡期」であるということです。人々の意識は変わりつつあり、社会環境も少しずつ変化してきました。しかし性別役割分業や男性優位の価値観が根強く残る部分もあります。そのはざまで悩む個人や家族は少なくないように思います。個人ができることとして、お互いを責め合い、不満をためるのではなく、相談機関やカウンセリングなどを利用して自分たちがどこに悩んでいるのかを俯瞰的に捉え、整理するのも一つの方法です。

 また、社会を変えていく上で効果的なのは、法律や社会保障、企業の福利厚生も含めて制度を変えることです。社会問題は「心と個人の問題」ではありません。人々は何らかの選択に際して経済的合理的な判断をします。夫が集中的に働くほうが世帯収入が上がるとなれば、夫が働き続けて妻が仕事を辞めるという選択をするのは当然です。誰も自分の選択を否定したくありませんから、性別役割分業を結果的に支持することになります。このように、個人の選択や価値観には社会構造や仕組みが大きく影響します。

 一方、社会構造に大きな影響を与える企業はどうでしょう。企業の主な目的は利潤をあげることです。性別役割分業が企業にとってプラスに機能しないのであれば撤廃するでしょう。また、企業の人権やジェンダー意識が問われ、ビジネスに影響を与えるという世界的な流れも止まることはないでしょう。ジェンダー問題や性別役割分業に取り組んできた社会活動家や研究者、ジャーナリストは、こうした流れを踏まえた新しい仕組みを提示するのがこれからの役割ではないかと考えます。

 性別による生きづらさを抱える人の知恵を出し合い、誰もが生きやすい社会をともにつくっていきましょう。

                           
                                (202310月)