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..令和4(2022)年度 第5回...

人を追い詰める孤立・孤独。

新たな共同体の創造で支え合う社会へ


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生田武志さん

(野宿者ネットワーク 代表)




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生活保護から野宿生活に戻る理由は

 

 私は釜ヶ崎で日雇い労働者や野宿者を訪ねて回る活動を続けてきました。また同じく釜ヶ崎にある山王子どもセンターという児童館でボランティアとして関わってきました。こうした経験からいえることは、釜ヶ崎周辺の日雇い労働者や野宿者をめぐる孤立・孤独問題は極めて深刻であるということです。

 1つは、経済的な問題です。職を失って野宿状態になり、住む家がないし、食べるものもなかなか得られない、という切実な問題です。一方で、社会関係の貧困という問題もあります。経済的な貧困が社会的な貧困をつくるという面があり、この2つが組み合わさって孤立・孤独問題を生み出していると感じています。

 例えば、生活保護で暮らしている人の場合です。病気や怪我などで働けない人が多いのですが、日本社会では仕事上の人間関係がなくなると仲間関係もなくなってしまう傾向が見られます。また、生活保護で必要最低限の生活費は支給されますが、交際費や余暇に使う余裕はありません。冠婚葬祭の付き合いができないと、親族との関わりは間違いなく断たれます。

 生活保護受給者に対する差別がかなり激しいという問題もあります。私が関わった人の中には、このようなケースがありました。生活保護を受給しながらワンルームマンションで暮らしていたのですが、同じマンションの住民に「あんたも年金生活者かね」と話しかけられたのです。生活保護を受給していると言えないことからマンション内で住民と話すことがしんどくなり、最終的には野宿生活に戻りました。



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貧困と孤立は子どもの世界でもリンクする


 こうしたケースが実は珍しくはありません。野宿生活はアルミ缶集めなどをしている人が多く、仕事のはりあいや野宿仲間との付き合い、助け合いがあります。もちろん生活は厳しいのですが、それでも野宿を選ぶ人がいるというのは、それだけ「関係の貧困」が人間にとって重大だということです。

 経済的な貧困と社会的な貧困、どちらを先に解決すべきかという視点ではなく、経済格差の解消と新たな社会関係の創造という両面が必要だと考えます。

 孤立・孤独問題は子どもの世界でも深刻です。私が出会う子どもたちの多くはシングルマザー家庭で、生活保護を受けている世帯も少なくありません。つまり、経済的に極めて厳しいということです。生活保護を受給すると医療費がかからないなど利点もありますが、成長期の子どもにとって必要な体験や学びの機会が保障されているとは言えません。例えば、月謝が払えないため習い事ができない、遠征費などが払えないため部活に入部しても続けることができないなどです。

 このような状況ですから、同じような環境の友だちとお金のかからない公園などで遊ぶことはできるけれど、違う環境の子どもたちとは接点がないまま育つことになります。そういう意味では、貧困と孤立は子どもの世界でも完全にリンクしています。



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支え合う共同体をつくれずにきた社会

 

 いわゆる高度経済成長期の日本には地域の共同体がありました。会社にも強固な人間関係がありましたし、親族の付き合いもありました。つまり、支え合う関係が幾重にもあったわけです。もちろん負の部分もあり、苦しい思いをした人も多かったわけで、一概には「昔はよかった」とは言えません。問題は旧来の共同体に取って代わる新たな共同体をつくれないまま、個人がバラバラになっていることです。

 今、国も私たちのようなNPONGOも孤立・孤独問題に取り組んでいますが、開いた蛇口から流れ落ちる水を手のひらで受けているような状況です。蛇口を閉じるには、格差拡大と貧困問題の解決、新たな共同体の創造に踏み込む必要があります。

 そのためには、孤立・孤独問題を個人ではなく社会の問題として共有することではないでしょうか。例えば、私は自著の中で、こうした例を出しました。1993年、2人の少年が親の借金や夜逃げによってそれぞれ親や家を失います。似た境遇にありながら、1999年に2人はまったく違う道を選びます。1人は無差別殺傷事件を起こして死刑囚となり、もう1人は漫才コンビを結成し、のちに出版した本がベストセラーにもなりました。

 彼らが真逆の人生となったのには理由があると私は考えています。一方は、地域の人や行政、学校の連携により支えられました。生活保護を受給するなどして、なんとか元の生活を維持できたのです。もう一方は、そうした支えがまったくなく、孤立していきました。

 過酷な状況に見舞われても、一方は自分にも社会にも、ある種の希望を持って自分の道を進めたのではないでしょうか。しかし、もう一方はどこからも支援がなく自分にも社会にも絶望し自暴自棄になったように見えます。彼にも何らかの支えがあればと悔しい気持ちが消えません。同じことが繰り返されないためにも、人が支え合うネットワークが必要だと思います。



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最大のネック、男性中心社会の組み替えを

 新たな共同体や社会のあり方を考える上で、手がかりになりそうなのが「男性中心社会の組み替え」です。男性が働きに出て、女性が家事育児をするという構造が長く続いていることが新しい社会をつくる上での最大のネックになっていると思います。

 男性の中でも格差が広がり、不安定な非正規雇用で働く人が増えています。では正社員であれば安心なのかといえばそうではなく、長時間労働で会社にいる時間が長く、家事育児をする時間がありません。もちろん男性の意識を変えなければなりませんが、男性の働き方の仕組み自体がとても家事育児ができるようにはなっていません。働き方のモデル自体を変える必要があります。

 社会を変えるとは最終的には政治を変えることですが、大きな変化を恐れる風潮が強いのが今の日本です。時間はかかるかもしれませんが、できることはあります。日本にも多くのNPONGOによる多様な取り組みがあり、私も仲間たちとともに中高生を対象にした授業づくりをしています。こうした活動や情報をキャッチし、共感できる団体への参加や寄付などを通じて支援する。身近な人たちに伝える。行動するうちにまた見えてくるものがあると思います。


                              (2023年3月掲載)