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..令和4(2022)年度 第4回...

無意識に人を傷つける可能性をなくすために、

私たちができること


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巽 真理子さん

(大阪公立大学 特任准教授)


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アンコンシャスバイアスとは

 アンコンシャスバイアスは、「無意識の偏見」と訳されます。しかし、バイアスには偏見以外にも育った環境、組織、地域社会、家庭などで身についた価値基準や判断基準など、いろいろな意味が含まれています。偏見と言われると抵抗を感じるかもしれませんが、「誰もが持っている自分の中のバイアスに気づくことによって、偏見や差別につながる行動をとめることができる」と考えると受け入れやすいと思います。

 いま、アンコンシャスバイアスに特に注目しているのは、企業です。採用や昇進の場面で、審査する側が自分がもっているバイアスに気づいていないと、無意識のうちに女性より男性を選んだり、外国人より日本人を選ぶということが起こってしまいます。それでは、有能な人材を取りこぼし、多様性を失って企業が成長できないという危機感から注目されるようになってきました。

 アンコンシャスバイアスをもっているために、うっかり相手の嫌がる言動をしてしまうことを、マイクロアグレッションといいます。言った側には悪気のない、何気ない一言であっても、相手にとってはすごく傷つく言葉であったりします。また、一言では大したことなくても、それが積み重なることで、相手の進路を狭めたり、人格否定につながったりもします。そしてそれは、マイクロアグレッションを受けやすい、女性や有色人種など、社会的弱者といわれる人たちに、より顕著にあらわれます。

 アンコンシャスバイアスやマイクロアグレッションは、いわゆるカタカナ言葉で、一般的には、なじみが薄い言葉だと思いますが、日本語に訳してしまうと意味が伝わらないところがあるので、そのまま使われています。

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 なぜアンコンシャスバイアスは人権上、問題なのか

 バイアスが生まれる背景に、格差があります。そして、格差の背景には、人種や貧富の差、ジェンダーの問題等様々で、それが差別につながっていくという社会構造があります。つまり、アンコンシャス(無意識)であろうとなかろうと、バイアスが生まれるということは、人権が守られていない人が社会の中にいるということです。

 たとえば、日本の内閣について考えてみましょう。日本では大臣のほとんどが男性で、女性が総理大臣になったことは一度もありません。このような政治状況だと、私たちは「大臣=男性」というアンコンシャスバイアスをもってしまいます。ニュージーランドの内閣と比べると、その違いがよくわかります。ニュージーランドでは首相が女性(2023112日現在)で、様々な民族やセクシュアリティのメンバーで構成されており、アボリジニーの大臣も誕生しています。

 子どもたちの進路にも、アンコンシャスバイアスが影響することがあります。理系を選択する女子はまだまだ少ない状況ですが、これは、社会にある「女性は文系」というジェンダーバイアスを身につけてしまった教師や保護者などのおとなが、子どもにその価値観を押しつけ、女子の理系の進路を閉ざしてきたからです。これは女子だけでなく男子に関してもいえることで、「男子は理系」というおとなの思い込みの進路指導が、男子の進路を狭めているともいえます。さらに、そうしたバイアスは社会・組織・個人にも悪影響を及ぼして、企業での人事・採用面での評価におけるジェンダー差やハラスメントとしてあらわれてきます。

 その一つに、女性が働き続ける上でのマミートラックという問題があります。これは、「母親は子育てを優先する方がよい」というジェンダーをもつ上司が、思いやりのつもりで、子育て中の女性に簡単な仕事しか与えない、責任ある仕事に就かせないようになって、女性が男性と同じ経験を積むことができなくなり、結果的に女性の昇進や昇給が遠のいて、キャリアが閉ざされるという問題です。一方で、「男性は一家の大黒柱として働き続けたいだろう」という思い込みもあります。これによって、子育てに関わりたい、介護をしっかりやりたいという男性が、長時間労働から抜けられず、子育てや介護に関われなくなってしまいます。私は大学で女性研究者支援事業に関わっていますが、人は置かれた状況によって、それぞれ支援してほしいこと(ニーズ)が違います。支援する側の思い込みにもとづいて支援するのではなく、その人がどうしたいのか、個別にニーズを聞いていくことが大切です。

 2021年、東京オリンピック組織委員会の当時の会長が「女性がたくさん入っている理事会の会議は、時間がかかる。」と発言しました。ご本人は冗談のつもりだったようですが、この発言には彼のアンコンシャスバイアスが表れています。当初、組織委員会内ではあまり問題視されなかったものの、SNSで炎上し、主要なスポンサーが降りると言い出したことで、初めて事の重大性が認識されました。そして、冗談では済まされないとわかって会長を降りることになりました。これは、日本においてアンコンシャスバイアスの重要性を象徴するできごとだったといえるでしょう。

 また、科学的なものは客観性が重視されるため、バイアスとは関係なさそうにみえますが、そんなことはありません。たとえば、最先端のAI(人工知能)のアルゴリズムやプログラムにも、それを学習するインターネット上の情報などにも、人間のバイアスが含まれている可能性があります。そのためAIが公平なものとなるよう、バイアスを取り除くことを意識してプログラムすることが、今後の大きな課題となっています。


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 価値観を認め合える社会に向けて


 自分がもつアンコンシャスバイアスに気づくためにできることの一つは、価値観の違う人たちとたくさん出会うことです。

 たとえば、私の住む地域に知的障がい者の作業所があるのですが、「あそこに通う人は、いきなり大きな声を出すから怖い」という人がいました。一方でその人は、近所に住んでいる同じ程度の知的障がいのある子には、親しみを持って接しています。つまり、同じ状況でも、よく知らない人に対しては怖いと思ってしまうけれど、具体的によく知っている人なら、怖くないのです。情報やイメージにとらわれず、様々な人との出会いを増やし、実際に多様な考え方に触れる経験をしていくことが、自分が持つアンコンシャスバイアスに気づく一番のきっかけではないかと思います。

 他に、地域の自治会などの要職に、男性が就いているところがまだ多いと思いますが、地域には女性や障がい者、外国人、子どもといった多様な人たちが住んでいます。要職を男性だけが担っていないかしっかりチェックし、実際に暮らしている人たちの代表を入れて、多様な組織になるよう努めることも大切です。

 社会に生きている多様な人たちの存在が、見えているか。上司が、部下の働き方や暮らし方を決めつけていないか。おとなの思い込みで、子どもの進路を狭めていないか。男性も女性も、誰もが自分のアンコンシャスバイアスに気づくことによって、政治や社会、地域の「景色」を変えていくことができます。そしてそれは、これからの社会や組織を担う、私たちみんなの課題です。

                              (2023年2月掲載)