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...令和3(2021)年度 第5回...

子どもたちを、被害者にも加害者にもさせない

ネットでの人権侵害を防ぐために私たちができること


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NPO法人 奈良地域の学び推進機構 理事

京都府警察 ネット安心アドバイザー

石川千明さん



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 インターネットに簡単にアクセスできる時代と「情報モラル」


 10年前、当時小学生の息子がコマ撮りアニメを作成し、YouTubeで発信したところ、息子の友だちから「おもしろい」とコメントがありました。それ自体は良いのですが、書き込んだ時間が夜中だったことに驚きました。それがきっかけになり、子どもたちにインターネット(以下、ネットと言います。)の使い方を教える仕事をはじめました。これが私の「情報モラル教育」のスタートです。

 「情報モラル」とは情報化社会で適切に活動するための倫理です。ネットのシステムで守れるものがある一方、守りきれないものもたくさんあります。例えば、悪口や夜中の書き込み、おもしろおかしく撮ってしまった写真を投稿しないなど、簡単に言うと、できるけどやってはいけないことを考えることが「情報モラル」です。

 2011年3月11日に東日本大震災が発生しました。同年6月にリリースされたLINEの既読の機能はこの震災がきっかけでできたものです。それが今では、友だちが起きているかの確認に使われたり、スタ連(スタンプを連続して送信すること)で眠っている人を起こすなど、他者を害しかねない使い方も生まれています。

 2013年に「LINEいじめ」という言葉もニュースになりました。それまで、仲間はずしなど学校の中で起こっているいじめは、先生が気付くこともありましたが、いじめの現場がLINEやSNSに移り、学校では見えにくくなってしまいました。当時先生が困ったのは、自身がスマートフォン(以下、スマホと言います。)を使用していなかったことから、スマホはどういうもの?LINEがどういうもの?と、そこを知ることから始めなければいけなかったことでした。

 13年の夏に、広島で初めて出会ったLINEグループの人に未成年が殺害された事件や、LINEいじめがきっかけで子どもが自殺した事件も各地で発生しました。便利なツールであるはずのLINEがきっかけとなり、子どもが亡くなるということが私にはとてもショックでした。

 私は、これまでネットのすごく便利で良い面をたくさん見てきて、仕事もネットが中心、SNSでは情報発信の仕方などの講座も行ってきました。それゆえ、それが原因で子どもが亡くなっていることを非常に重く受け止めました。

 子どもたちが命を失わずに済むためにできることがないのだろうかと考え、それまで行っていたネット関連の仕事を全て辞めて、学校や地域での情報モラル教育を中心に行うことにしました。



sub_ttl00.gif スマホ使用の低年齢化とネットの特性を知る

 スマホを使用する年齢層が低年齢化しています。親が使っていた中古のスマホをおもちゃがわりとして使っていたり、販売価格も安くなったことで入手しやすくなったこと、また一度スマホで動画を見たりゲームをすると、元のアナログなおもちゃでは刺激が少ないため満足できなくなることが要因だと私は思っています。

 2013年には、いじめや子どものネット問題の講座に参加し、スマホの使い方やセキュリティに関してたくさん学びました。また2014年から、講演内容をスマホ利用のための情報モラルにシフトし、講座をするようになりましたが、現在でもSNSのコミュニケーショントラブルなど、子どもを取り巻くネット状況はほとんど変化していません。普段の会話なら記憶から消えてしまうことが、スマホやネットだと文字の一部だけが切り取られ、発信者が伝えたいことと異なる意味で伝わる可能性があります。また書き込みは文字だけではなく、画像や動画も使用でき、それがいつまでも残ってしまいます。

 このような状況がある中、SNS利用から性的被害や、特定の人に対する非難が集中する誹謗中傷問題が起きています。さらにコロナ禍でのお家時間でゲームや動画の長時間使用によるゲーム障がいから不登校問題も起こっており、ネットによる影響が深刻になっています。



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 GIGAスクール構想がスタート、その一方で

 
 2019年から、全国の小中学生1人に1台のICT(情報通信技術)端末と高速ネットワークを整備する文部科学省の「GIGAスクール構想」が始まりました。日本のICTレベルは他の先進国と比べて遅れているので、新たな時代を生きていくためにICT教育がスタートしたのです。そしてコロナ禍でオンライン化が加速しました。

 小学校1年生から中学校3年生までの子どもが一人一台パソコンを持つことになり(2023年度には高校生まで拡充予定)、インターネットは「使わせない」から「どうやって使わせるか」ということに変わってきています。

 子どもたちのICT教育が始まっているからこそ、子どももおとなも含めた「情報モラル教育」がさらに重要になるのではないでしょうか。

 学校のタブレット端末を使えるようになったことで、それを使用し、家でもチャットなどやブラウザを利用し、LINE以外でも様々なやりとりができるようになりました。

 GIGAスクール端末を使っていじめが起こり、児童が自殺に追い込まれる事件も起こってしまいました。2013年にLINEいじめで子どもが自殺をした時と何も変わっていない状況に愕然としました。



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 ネットを知ることが、人権侵害をなくすこと

 
 「いじめ」という言葉は、実際の被害に比べて軽い言葉だと私は思っています。なぜなら、その中で行われていることは、「侮辱罪」「脅迫罪」「傷害罪」に相当するような犯罪が多々あるからです。GIGAスクールによって小学校低学年でネットを使う時代がきました。ネットの中では年齢は関係ありません。またメタバースなど、ネット内でアバター(自分の分身となるキャラクター)が活動する世界と、現実はどんどん近くなっています。

 そのような時代に、「人権侵害とは何なのか」を子どもにしっかりと教える必要があると思います。被差別部落のリストが公開されたり、外国人、障がい者、子ども、LGBTなど、インターネットで多くの人権侵害が起こっているということを知って欲しいのです。ネットはいまや特別なものではありません。ネットの特性を知らなければ、人権侵害はなくならないと思っています。誰もが被害者にも加害者にもなってしまうのです。そのためにも、ネットの特性をきちんと知ることが重要だと思っています。

 おとなが考えるネットやスマホの使い方と子どもの使い方は全然違います。現在の25歳以下の人たちはデジタルネイティブの世代といわれており、私も新しい情報を更新していくのが大変で、実際に子どもから聞くことも多いです。

 たとえネットのことが苦手だとしても、私たちおとなから子どもに、培った知恵や経験の中から教えられることがたくさんあると思います。ネットの使い方「だけ」を教えるのではなく、経験したことを子どもに分かる言葉にそしゃくして伝える。人としてやってはいけないことは、リアルでもネットでも一緒であることを伝える。

 ネットによる人権侵害をなくしていくために、おとなと子どもがお互いのリテラシーを高めていくことが必要であると私は思います。



                        (2022年3月掲載)