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...令和2(2020)年度 第2回‥


体罰を使わない子育てを支え合う社会へ

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NPO法人KARALIN代表

子どもの権利条約関西ネットワーク副代表

松田直美さん



sub_ttl00.gif「理想の子育て」をするはずが...


 私は大阪府八尾市で自らも子育てをし、2006年に仲間とともにNPO法人KARALINを立ち上げました。「子ども、人権・平和、男女共同参画」をテーマに、おとなと子ども、女性と男性が対立や上下関係なく、お互いを尊重しあい、暴力に代わる問題解決がなされる社会の実現をめざして活動しています。

 特に力を入れているのは「子育て」です。自分自身が子育てに悩んだことが原点にあります。出産まで保育士として働いていた私は、自分が母親になり「さあ、理想の子育てを始めるぞ!」と意気込んでいました。ところが現実は思うようにはいきません。2歳違いの子どもたちはけんかばかりで、私のストレスはたまる一方。子どもを叩いたことも、布団に投げたこともあります。「叩いてはいけない」という意識はあったので、とにかく子どもを泣かさない、ぐずらせないことばかり考える日々でした。


sub_ttl00.gif仲間との出会いが自分を変えた


 そんな時に出会ったのが、八尾で発行されている子育て情報紙『やんや情報』でした。内容もよかったのですが、自分と同じように子育て中のお母さんたちが情報紙を製作しているということに刺激を受けました。そこでハガキを書いたのです。「子どもがけんかばかりして、子育てがしんどいです。でもみなさんはすごい。応援しています」と。そのハガキは私のS0Sだったんだ、と今思います。

 すると「子連れで手伝いに来ませんか」と声をかけてくれました。「自分にもできることがあるなら」と参加するようになり、子どもたちを遊ばせながら、そして作業をしながら、夢中であれこれしゃべりました。それがとても大きな息抜きになり、彼女たちとは子育てを支え合う仲間となりました。

 仲間たちとおしゃべりするなかで、気付いたことがたくさんあります。自分の子ども時代からの体験や刷り込まれてきた価値観、子育ての本質や子どもの人権についてなど。そこから子ども権利条約やCAP(子どもへの暴力防止プログラム)の学びが始まり、NPO法人の設立、「つどいの広場」事業への参画、いじめやデートD Vの予防教育のワークショップの取り組み、子どもや女性の居場所づくりなどに拡がりました。


sub_ttl00.gif虐待の背景にある貧困とジェンダー


 学びや活動を通じて、私自身がとても楽になりました。たとえば、それまでは子どもに関する全責任は母親である自分にあると思い込んでいたのです。ですから子どもがいいことをしたら「私のおかげ」で、よくないことをしたら「私のせい」。けれど仲間との対話や子どもの権利を学ぶなかで、「子どもの人生は子どものもの。私ひとりが背負う必要はない」と納得、理解することができました。同時に本音を話せる仲間との出会いや学びと気付きの機会がいかに大切かを知りました。

 今度は自分がそういう場を提供したり橋渡しをしたいと思っています。特に、母親のしんどさは「女性や母親、妻はこうあるべき」という強いジェンダー規範が大きく影響していると実感してきたので、そのことに気付き、自分を解放してほしいと思います。

 今、子育て真っ最中のお母さんたちは手の込んだお弁当や親子で遊びに行った様子を撮影してはSNSで発信しています。一方で、名前を出さずに夫への不満をぶちまけあうSNSも存在しています。愚痴を発散するのが問題なのではなく、「ちゃんとした母親でなくてはいけない」「子育てを楽しくやっているところを見せなくてはいけない」という意識と、「しんどくてやってられない」という感情のバランスが危うく見え、気がかりです。

 また、子どもが大きなケガを負ったり命を落とすような虐待の背景も変化しているように感じています。以前は経済力のある夫と専業主婦の妻など、性別役割分業意識(ジェンダー観)が大きな要因であることが少なくありませんでした。けれど近年は男性も就労や収入が不安定な人が増えています。いわゆる貧困問題が、解決されないままのジェンダー意識と絡まり、ストレスが子どもへの虐待として表れているように思います。


sub_ttl00.gif「子ども基本法」の制定をめざして


 社会での取り組みも進んできました。2020年春に児童虐待防止法と児童福祉法が改正されました。親がしつけに際して体罰をくわえることを禁止したのはよかったと思います。児童相談所の一時保護と保護者支援の担当を分ける、児相に医師と保健師を配置するなどきめ細やかな対応ができる体制が少しずつ整えられてきています。

 けれど2000年に児童虐待防止法が施行されてから20年。深刻な事件が起きるたびに改正を繰り返してきましたが、対症療法的なつぎはぎの対応のように思えてなりません。改正の繰り返しではなく、子ども権利条約に基づいた「子ども基本法」の制定が必要だと考えています。

 残念ながら、日本の社会にはまだまだ体罰を容認する空気が根強くあります。「自分も叩かれたけど愛情が伝わった。だからがんばったし、息子も同じように育てたい」と体罰を肯定する人と出会うこともあります。その意識こそを変えていかなければ。体罰は即効性がありますが、「暴力で問題を収める」という経験は、その後の人生に長く影響を及ぼします。人間関係の作り方や課題との向き合い方、価値観...。弊害のほうがずっと多いことを広く知ってほしい。そして「体罰を使わない子育て」をみんなで考え、支え合いたいと思います。


 sub_ttl00.gifそれぞれの役割を活かし子どもの権利を守る


 体罰防止や子どもの権利を守る取り組みには、行政や民間それぞれの役割があると思っています。例えば、行政は体罰をしない方法等を説明したパンフレットを作成し周知していくことで、広く体罰防止の啓発を行うことができます。しかし、それを読んだ保護者の中には、「そんなことわかってねん。けどな...」と、その「正解」をできない自分を責められたように感じる方もいるなど、市民全体に行う取り組みには限界もあります。 

 私が子どもの権利について深く考えるきっかけの一つが、八尾市人権協会が実施した「子どもの人権とアドボカシー・ワークショップ」という連続講座でした。市民にそういった学習や啓発の場をきめ細かく提供する公的な役割を持つ機関の意味は大きいと思います。

 また、私が活動するKARARINのように、子育てにしんどさを抱える保護者に、自分たちの子育て経験も語りながら地続きの立場での啓発や教育をしていく団体の役割の大切さを感じています。

 社会に向けた発信や取り組みは「子どもの権利条約 関西ネットワーク」で、地域の出会いや交流、相談、学びの場の提供はKARALINで。私自身、これからも多様な人たちと出会いながら、誰もが安心してのびやかに生きられる社会をつくっていきたいと思います。

(2020年9月掲載)