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・・・・・ H28(2016)年度 第 3 回・・・・・

精神医療・保健・福祉の改革に

「人権問題」の視点を

社会福祉法人 

精神障害者社会復帰促進協会

理事長 殿村 壽敏 さん



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大阪府から生まれたピアサポート事業

 

 私は昭和49(1974)年に大阪府の職員に採用され、ソーシャルワーカーとして精神障がい者や家族の皆さんの支援活動に従事してきました。

 現場での実践経験を行政施策に反映させることが重要だと考え、いくつかの大阪府の新規事業を、国の事業となるように努力しました。

 具体にはピアヘルパー養成事業が、国のピアサポーター事業になりました。

 平成14(2002)年に精神障がいのある人を対象としたホームヘルプサービス事業を国が開始したのですが、それに先立って当事者や家族の皆さんから「サービスを使いやすくする工夫をしてほしい」との要望が府庁にありました。精神障がいのある人たちには「予期不安」や「過緊張」の傾向を示す方がおられ、たとえば、来てくれるヘルパーさんは自分の障がいや辛さを理解してくれるだろうか、散らかっている部屋をどう思うだろうか----など、もともと生真面目な性格の人が多いため、そういったことを不安に思い、なかなかヘルパーさんに「来てほしい」とは言いにくい、ということでした。

 そこで考えたのが「ピアヘルパー」でした。ピアとは仲間という意味で、精神障がいのある人同士であれば、その辛さや不安はある程度は軽減されるだろうと考え、当事者の方にヘルパーの資格を取ってもらい、有償で働いてもらうことにしました。全国最初の事業としてスタートしましたが、これをモデルに、次に示す精神障がい者の現在の地域移行事業でのかなめと位置付けられている、国の精神科病院退院促進ピアサポーター(事業)に発展したのです。



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遅々として進まない国の取り組み

 

 私が府庁にいた、平成12(2000)年から社会的入院解消研究事業にも取り組みました。

 社会的入院、つまり入院治療の必要が無いのに、地域での受け入れ先が無いという理由で精神科病院に長期入院させること、このこと自体が人権侵害であるという指摘、糾弾を受け、大阪府では「人権問題」として社会的入院解消事業に。これも全国で初めて府の予算だけで取り組みました。

 精神障がい者の地域受け皿を整備するのは国の責任です。当然社会的入院解消事業にかかる予算についても、厚生労働省に予算化を要望したのですが、当初はなかなか話が通じませんでした。そうした流れのなか、粘り強く国に働きかけて平成15(2003)度から国のモデル事業となり、現在の精神障害者地域移行・地域定着支援事業に引き継がれています。

 大阪府の初出事業が、厚生労働省の「精神保健医療福祉の改革ビジョン」(平成16?2004?年)につながりました。「入院医療中心から地域生活中心へ」と改革を進めるビジョンで、明治時代から続いた隔離収容政策を改めるという画期的なことでした。このとき、10年間で7万床の精神科病床減を促すと国は宣言したのですが、平成14(2002)年時に精神科病院に入院していた26.1万人は平成26(2014)年時で25.3万人、約8千人の減に過ぎず目標の実現にはほど遠いのが現状です。

 



sub_ttl00.gif 行政と市民が連携するオンブズマン制度

 

 大阪府は全国に先駆けて地域精神保健福祉を発展させてきました。その背景のひとつは大阪府の面積が全国で2番目に狭く、情報の伝達が速いということです。私が保健所の相談員だった頃「ええことはなんでもやったらええねん」とう考え方があり、1つの情報がすぐに府域全体の保健所にスムーズに伝わりました。また発展の背景に大阪人の気質も挙げられます。多少考えや方法が違っても「手を組むことでお互いがより良くなるならやりましょう」と連携する場面を多く経験してきました。加えて精神科医療や保健、福祉、民間、行政に先駆的、積極的な人物が多くおられ、大阪の発展を支えられたと考えています。

 その最たるものが精神医療オンブズマン制度です。市民の目線で精神科の医療環境を見てみようという全国で唯一の取り組みです。紙面の都合で詳しくは触れられませんが、是非「NPO法人大阪精神医療人権センター」を検索してみてください。人権センターは「人権相談機関ネットワーク」のメンバーでもあります。



sub_ttl00.gif 「人権問題」という位置付けのうえで取り組む

 

 私が社会福祉に関心を持ったのは、中学生の時にNHKテレビでドキュメンタリー番組を観たことで、社会福祉協議会か生活保護のワーカー志望だったのですが、縁あって精神障がい者福祉に関わることになりました。この40年間、精神障がいについての社会防衛思想に基づく構造的な偏見、差別、無理解が当事者や家族の方々を苦しめ、人権侵害の状況に陥っている現状を種々の相談支援活動を通して実感してきました。

 精神障がいのある方々は、明治以来の社会的に必要とされない存在にする棄民政策の対象として人権を侵害され続けてきており、現在もなお社会的入院が存続し、精神科ベッドが減らないことからも人権侵害の渦中にあるのです。社会福祉の大原則の一つとして、人権と社会正義を擁護し支持することが挙げられています。私は精神医学ソーシャルワーカーの一人として、常にこのことを念頭に仕事をしてきましたが、力及ばず悔しい経験もたくさんありました。

 大阪府が「人権問題」として取り組んできた社会的入院解消事業に対し、国はあくまで「共生社会の創設」として事業を展開しています。これでは問題の本質を突いているとは言えません。人権侵害を繰り返さないためにも、「人権問題」の視点に立ってのいろいろな精神医療保健福祉に関する行政の施策が今こそ必要だと考えています。



H28(2016)年8月掲載