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・・・・・ 第82回 ・・・・・

「知りたい」から
はじまった

鉄道人身事故の可視化

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佐藤 裕一(さとう ゆういち) さん

回答する記者団

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sub_ttl00.gif 「もっと具体的に知りたい」から始まった

鉄道人身事故について調べてみようと思ったのは、鉄道を利用する際によく聞くアナウンスがきっかけでした。「人身事故が発生しましたため、運転を見合わせています」と繰り返すのですが、現場で何が起こっているのかはまったくわからない。そのうち電車が動きだし、何事もなかったかのようにいつもの駅に戻るわけです。「何が起きたのか分かるもっと具体的な情報はないのか」と以前から疑問に思っていたところ、国交省が2002年以降の鉄道自殺に関するデータをもっているという新聞記事が目にとまりました。さっそく開示請求したところ、相当なボリュームがあったのです。しかしそうしたデータがあることはほとんど知られていません。そこで目に見える形にしたいと、『回答する記者団』のサイトに「鉄道人身事故マップ」として掲載することにしました。数字を羅列しても実感できないと考え、路線マップを作成し、駅ごとに人身事故の件数や「踏切内に進入」「ホームから飛び込む」など具体的な状況を入れました。

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要望に応じて調べ、回答する

『回答する記者団』とは屋号です。"団"とつけていますが、ひとりでやっています。具体的には、「これについて知りたい」「あれは本当のところ、どうなんだ」といった一般の人々の疑問や要望をインターネットを通じて受け、記者会見でその人の代わりに質問したり、わかったことをサイト上で報道します。おもなテーマは過労死や過労自殺、原発問題などです。

もともとはガチガチのジャーナリスト志望みたいなところがありました。ところがある時、まるで信仰心がなくなるように"熱いジャーナリズム"に対する思いが消え、「知りたいことがわかればいいじゃないか」と考えるようになったのです。また、疑問に思うことを取材してくれるところがあればいいのにとも考え、そういうところがないなら自分でやってみようと2008年から『回答する記者団』の活動を始めました。「質問してくれたら、調べて答えますよ」ということから「回答する」としました。

今は、自分自身が何かを伝えたいという意思はそれほど強くありません。要望されたから、あるいは調べたらわかったことがあるから、報告しておこうという感じです。

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データだけではわからないことが多い

1万件を超える事故をマップにした「鉄道人身事故マップ」の作成や公開についても、「命の大切さを訴えたい」というような"立派"なことを考えたわけではありません。自分自身、そんなに立派な人間でもありません。もともと凝り性なのと、有料ページも作れば関心のある人が登録してくれて収入になるかもしれないと考えたからです。また、サイトに掲載したマップにさらに情報を加え、『鉄道人身事故データブック2002-2009』(柘植書房新社)として出版しました。

 本を編集するにあたって、いくつか感じることがありました。まずJRの情報量がほかの鉄道会社に比べて圧倒的に少ないことです。もっと情報を公開してほしいと思います。そして、一人ひとりの背景や状況を細かく見ていかないと実際に「何が起きたのか」はわかりません。たとえば「東京の池袋で午前4時に20代の女性がホームから飛び込んだ」というだけでは何もわからないのと同じです。さらに地方では高齢者の鉄道自殺が多いのですが、たとえばなぜ89歳で線路に正座するような形で自殺をするのか。データだけではわからないことがたくさんあります。そうしたことをまず知りたいと思います。

もちろん、鉄道人身事故が減るに越したことはありません。私自身、ホームの一番端に立っている人に「もう少しホームの中程で(電車を)待ちません? そこに立っていられると、ちょっと怖いから」と声をかけたことが2回あります。どちらも杞憂に終わりましたが、鉄道を利用する時はどこか意識しているようです。

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ホームドア設置で事故は大幅に減らせる

鉄道人身事故は、過労自殺や過労死もそうだと思いますが、「生き死にの境目」や「幸不幸の境目」が重なっているような気がします。働くことは日常であり、自己実現や社会貢献などを通して幸せになるために働くのに、働き過ぎることで死んでしまう。鉄道人身事故も日常的に使っている鉄道が死ぬための手段になってしまう。自殺の手段はいろいろありますが、どれも準備が必要だったり、ハードルが高かったりします。けれど鉄道は一歩踏み出せば死ぬ。今、死のうと思ったら死ねるという「ハードルの低さ」「日常性」があるのではないでしょうか。

それを大幅に減らすにはホームドアが有効だと思います。実際、ホームドアのある路線ではほとんど人身事故は起きていません。東京や札幌の地下鉄でもホームドアを設置したら人身事故がなくなりました。減らすためにできることはいろいろあるはずです。

私自身はこれからも自分の「知りたい」という気持ちに忠実に調査活動を続けます。その結果として防止活動に役立てばいいと考えています。

   (2012年6月掲載)