人権を語る リレーエッセイ

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 ・・・・・ 第77回 ・・・・・ 

 

社会的養護にも

 

家庭的な環境と

 

かかわりが大切



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辻 晃(つじ あきら) さん

 

大阪府里親連合会会長

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sub_ttl00.gif 実家のように訪ねてくれるよろこび

 

  養育里親を始めて23年になります。これまで短期と長期合わせて約50人の子どもたちを預かってきました。 わたし自身、戦争で父親を亡くし、母子家庭で育ちました。実子を4人育てましたが、子どもたちが成長するにつれ、幼い子どもがなつかしく思われるようになりました。そんな時、里子を預かる制度を知り、やってみようかと考えたのが始まりです。 

 最初は週末だけやお盆や年末年始だけ預かっていましたが、1年も経たないうちにどんどん依頼がくるようになりました。初めて長期で預かった子どもは4歳の男の子でしたが、今は大学を出て社会人になっています。短期・長期にかかわらず、自立した後もたびたび訪ねてきてくれます。仕事や結婚、子育ての相談もありますし、生まれた子どもの顔を見せに来てくれることもあります。実家のように思ってくれるのはとてもうれしいことです。

 

 

 sub_ttl00.gif 社会的な常識を学べていない子どもに危機感をもつ

  預かる子どもの事情はさまざまです。親がいても病気で入院するなどで短期間預かることもあれば、生まれた直後から乳児院や児童養護施設(以下、施設)で育った子を長期で預かることもあります。いっしょに生活をしていると、子どもたちの課題が見えてきます。わたしが深刻に受け止めているのは、乳児の頃から施設で育った子どもたちの発達です。 

 ある小学生の男の子は、乳児院と施設を経てうちへ来ました。施設でたびたび問題を起こし、知的な発達にも遅れがみられるとのことでした。学校の勉強はどうにかついていけますが、自分の感情を抑えることができません。転校してきた学校でもちょくちょく問題を起こしました。10歳になりますが、気に入らないことがあるとすぐに泣くなど精神年齢の低さが気になりました。 

 また、高校生の女の子は東京や大阪の位置はおろか、自分が大阪のどのあたりに住んでいて、梅田や難波に出るにはどの電車にどう乗ればいいのかも把握していませんでした。子どもが自分で買い物をしたり、切符を買って交通機関を利用する機会はほとんどないためです。 

 この子たちが特別なのではありません。施設で育つ中で、社会の一般的な常識を学べる機会が奪われ、生活経験がつめないことが深刻な課題だと感じています。また、里親の集まりでも同じような話がたくさん出ます。驚くと同時に「このままではいけない」と強く思うようになりました。

  

 sub_ttl00.gif 学ぶ機会がないまま成長

 

 

  施設では、身の回りのことは基本的に職員の人たちがやってくれます。一般家庭なら「お茶碗洗って」「買い物してきて」と何かしら手伝いを言いつけられますが、施設に育つ子どもたちはそうした経験する機会が少ないまま成長します。するとやがて自分から動こうとしなくなります。「してもらって当たり前」という感覚が身についてしまいます。 

 また、同じ年代の子どもたちとずっと一緒に過ごすため、大人との交流がありません。家庭ならニュースを観ながら家族で話し合ったり、大人たちの会話から社会常識やマナーを自然に学んだりするものです。しかし子ども同士で過ごす時間がほとんどの施設の子どもたちには、そうした機会がほとんどありません。 

 こうして育った子どもは、社会に出て苦労することになります。わたしは里子たちを自分の子どものように思いながら育ててきました。教育も、自分の子と同じように、本人が望めばできるだけ受けられるような環境をつくってきました。ですから大事な成長期に適切なかかわりをされずに育つ子どもたちを見るといたたまれません。 

  

 sub_ttl00.gif 里親を増やし、家庭的な環境を子どもたちに

 

 

 私の娘も実子を育てながら里親をしています。「自分の子の育ち方とあまりに違いすぎるのを見過ごせないから」という思いからです。預かった子どもを親に返した後も、週末などに預かることも珍しくありません。完全なボランティアですが、親がしんどくなって虐待にいたるというようなことは避けなくてはなりません。 

 虐待や貧困などしんどい背景をもった子どもが増えているにもかかわらず、現在、大阪府で子どもを預かっている里親は約60人です。施設で育った子どもたちが抱える困難について訴えると、施設批判のように受け取られがちなのですが、わたしは施設を批判したいのではありません。それは現場の先生たちの思いや仕事ぶりとは関係なく、社会的養護の制度そのもの、仕組みとして問題があるということなのです。 今の状況を変えるには、まず里親を増やすことが重要です。

 今は共働きや単身者家庭でも里親登録ができるようになりました。週末やお盆、年末年始など決まった日や時期だけ預かる週末里親、季節里親も可能です。こうした情報を積極的に発信し、同時にさらに柔軟な制度づくりや運営をしてほしいと思います。                                                               

                                           (2011年9月掲載)