人権を語る リレーエッセイ

 
sakano201103.jpg

     ・・・・・ 第75回 ・・・・・  

子どもに寄り添い

 

ながら、養護のあ

 

り方を模索する

 


阪野 学(さかの・まなぶ)さん

 社会福祉法人大阪水上隣保館

 児童心理療育施設「ひびき」施設長 


 

sub_ttl00.gif 自尊心や信頼感が損なわれた子どもに寄り添う

 

 

 (社福)大阪水上隣保館は、1931年に児童の養護を目的に創設されました。現在は児童寮のなかに、児童養護施設「遙学園」、「乳児院」、情緒障害児短期治療施設「ひびき」の3つの施設が入っています。「ひびき」では、入所してくる子どもたちのなかで、虐待を受けた影響や軽度発達障がいなどがあり、対応が難しい子どもたちが生活しています。しかしわたしは、治療という意味では児童養護施設も「ひびき」と大きな隔たりはないと考えています。

 周りのおとなと信頼関係を育み、衣食住が整った環境で学校へ通う。養護施設には、世間でいう「あたりまえの生活」ができなかった子どもたちが入所してきます。いいことをしても悪いことをしても叩かれるといった環境のなかで、子どもたちの自尊心やおとなへの信頼感は大きく損なわれています。人との関わり方や傷ついた心の癒しという意味では治療という側面もあるのです。「どうせ私なんか」という思いをもった子どもたちと寝起きを共にし、寄り添いながら、人との信頼関係、愛着関係を結べるよう支援します。

 sub_ttl00.gif 半数以上の子どもに虐待を受けた経験が
 2010年度現在、全国に約580カ所ある養護施設に3万人の子どもが入所しており、半数以上の子どもに虐待を受けた経験があります(厚生労働省調べ)。養護施設は子どもたちの養育と同時に親子関係の調節という大きな役割も担っています。また昨年改正された児童福祉法では、退所した子どもたちのアフターケアの必要も明記されました。求められる役割が大きくなる一方で、職員は増えず、1部屋につき子ども15人といった戦災孤児を集団生活で養育した時代から続く最低基準は変わっていません。ただし遙学園は2006年に全面的な建て替えをおこない、「大舎棟」は現在、2人部屋か1人部屋になり、冷暖房完備となっています。また、幼児から小学校中学年までが家庭的な雰囲気のなかで生活する「ホーム棟」もあります。

 私が遙学園で働き始めたのは20数年前です。当時は完全なホーム制で、10人前後の子どもと男女の職員が1棟の建物でともに生活をしていました。職員たちはそれぞれ自分たちが育てられたように子どもたちを養育していました。当然、愛着関係もうまれ、退所後も節目節目に相談や報告にやってきました。私自身も施設内に自分の家庭をもち、わが子も施設の子どもたちと一緒に育ちました。 

 sub_ttl00.gif 「教育的指導」と「権利侵害」の狭間で悩む職員
 現在、遙学園には就学前の子どもが40数名、小学生が60数名、中学生が30数名、高校生が10数名、合わせて約160名が暮らしています。対応の難しい「ひびき」の子どもたちのために施設内には、小学校3クラス、中学校2クラスの分教室があります。分教室で学校の雰囲気に慣れてきたら本校へ通うことになります。本校に通う子どもたちも、自尊心が損なわれ、人との関係がうまく築けない子が多いため、自分を守るために攻撃的な行動をしたりします。学校で起きるさまざまなトラブルに対応するのも私たちの仕事です。

  ここ数年、国はより家庭的な養護をと里親制度やホーム制を推進しています。私も、少人数の生活のなかでおとなと継続した関係を築くことに反対ではありません。しかし子どもたちが抱える課題や状況と職員の力量、経験年齢を考えれば、一気に里親制度やホーム制を進めることには疑問です。入所し、ある程度安定した環境になじんだ子どもたちは、次におとながどこまで自分を受け入れるのかを試す「試し行動」に出ることが多々あります。「おはよう」などと声をかけると、「死ね」という言葉が返ってきたりするのです。そうした言動にどう対応すべきなのか。どこまでが「教育的指導」で、どこからが子どもの権利侵害にあたるのか、職員同士で常に議論しつつ支え合わなければ対応できません。それでも疲れきって辞めていく職員が後を絶ちません。

 sub_ttl00.gif 自己決定や自己選択の権利を教えながら
 こうした現状を踏まえ、遙学園ではホーム制を一部残しながら大舎制をとっています。ホーム制も職員は交代勤務で、一人で抱え込むことのないよう、ケース会議で課題を共有しています。こうして職員を支えることが子どもたちにとってよりよい養護につながると考えています。

 また、子どもたちには「子どもの権利ノート」を使いながら、自己決定や自己選択の権利があることを折にふれながら話しています。玄関にはピンク電話や意見箱を置き、着払いで大阪府の児童家庭室に送れるハガキも用意しています。子ども自身が救済のシステムにアクセスできる環境を保障しているのです。

  2010年度からは私たちが積み上げてきたスキルを地域に還元したいという考えから、枚方市、高槻市、島本町、寝屋川市において子育て支援事業もおこなっています。特に枚方市では未就園のお子さんのいる保護者を支援する「つどいの広場」、24時間対応の電話相談、1週間以内のショートステイや夕方から夜にかけてお子さんを預かるトワイライトステイを実施していますが、いずれもかなりのニーズがあります。

  課題は山積ですが、児童養護施設の役割は広がるばかりです。その内容を広く知っていただき、よりよい社会的養護のあり方をみなさんと考えていきたいと考えています。