人権を語る リレーエッセイ

中村みどり(なかむら・みどり)さん

   ・・・・・ 第74回 ・・・・・  

施設で育った子ど
もに居場所とつな
がりを



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中村みどり(なかむら・みどり)さん

(CVV元代表)

 

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sub_ttl00.gif 学校で教わる「家族像」にあてはまらない自分
 わたしがスタッフを務めるCVV(Children’s Views&Voice )は、児童養護施設で生活している若者や経験者の「居場所」と、人とのつながりをつくるきっかけを提供する活動をしています。わたし自身も生後間もない頃から2歳まで乳児院、その後は児童養護施設で16年間、施設で生活しました。
 自分の生活がほかの同級生たちとは違うことがわかったのは、小学校の高学年の頃です。父の日や母の日が近づくと、授業で絵を描きます。多くの子は自分の親の顔を描くのに対して、私たちは施設の担当の職員さんの顔を描くようにと言われました。家庭科で教わる「家族像」にもとまどいました。先生は「お父さんがいてお母さんがいて、子どもがいて」と話すのですが、自分はそうではありません。クラスの子たちと自分とは違うのだと感じ始めました。
 
 sub_ttl00.gif 何もかもが「マイナス」に思えた
 中学校は3つの小学校から生徒が集まってきます。この頃から「隠さないとあかん」という気持ちが生まれました。施設で暮らしていることが友だちに知れたら、いじめられるんじゃないかという不安がずっとあったのです。親がいないこと、門限があり17時半には晩ご飯を食べないといけないこと、お弁当の日には施設の子全員が同じおかずであること、懇談の時は施設の先生が来ること、すべてにおいて「マイナス」だと思っていました。
 施設では暴力もありました。「子どもは叩いて育てる」という文化があったのでしょう。職員から子どもへの暴力だけでなく、子どもたちの間にもありました。年長の子どもが年下の子どもたちに「ここでけんかしろ」と命じたりするのです。本当にひどかったのですが、1994年に日本が子どもの権利条約を批准すると全体的に収まっていきました。大阪ではいち早く「子どもの権利ノート」が配布されたのですが、それも含めて「子どもを殴ってはいけない」という意識が広まったように思います。おとなからの暴力が減るにつれて、子どもの間の暴力も減っていきました。
 
 sub_ttl00.gif カナダでの取り組みに大きな刺激を受けて
 高校2年の時にカナダに行ったのがきっかけで、わたしの意識は大きく変わりました。1990年代後半、カナダの児童養護の取り組みに注目した福祉関係者が、日本とカナダの施設で暮らす子どもや若者たちの交流事業をおこなっていたのです。カナダのある団体では、里親家庭やグループホームで生活している若者たちが、嫌な思いをした体験などをどんどん発言していました。スタッフはさらにくわしく聞き取って調査に行くとのことでした。思いもよらなかった視点や取り組みに驚くばかりでした。
 帰国後、一緒に参加したメンバーとともに「自分の体験や思いを積極的に表現し、ほかの人の話も聞けて、なおかつ子どもたちの生活をよりよくなるような活動をしよう」と、CVVを始めました。また、大学生のメンバーと出会ったことによって、わたしは初めて大学に進学するという選択肢があることに気づきました。施設の先輩たちはみんな、高校卒業後は寮のある工場や会社に就職していきました。だからわたしもその道しかないと思い込んでいたのです。
 施設の先生に進学したいと言うと、「そんなお金がどこにあるんだ」と大反対されました。その後に児童養護施設の子どもを対象とした返済不要の奨学金があることがわかり、小学校の時に亡くなった父親の遺族年金と合わせて進学できることになりました。わたしの施設では、わたしの進学をきっかけに、今ではどんどん後輩たちが進学しています。
 
 sub_ttl00.gif 血縁重視の家族観を変えていきたい
 自分も含めて、施設経験者には「親に捨てられた」という気持ちが少なからずあります。一方で、「それでも親に会いたい」という思いもあり、とても複雑です。また、「なぜ自分だけが施設で生活しているんだろう」という疑問を持ち続けています。「自分がどうやって生まれたのか、なぜここにいるのかわからない」という状況は子どもにとってとてもしんどいことです。そのうえ、施設での生活は、食事の時間ひとつとっても自分で選べません。選択肢のないなかで、最初からあきらめることが身についてしまいます。こうしたしんどさを乗り越えるために、その子に合わせたタイミングで、自分のルーツを知る機会をつくってほしいと思います。そして、将来的には、施設はグループホームのような小規模な形になっていくのではないかと思います。そこで、一人ひとりのプライバシーが確保され、安心を感じられる生活が送れるようにしてほしい。予算や施設に子どもたちを合わせるのではなく、子どもの育ちにとって何が大切なのかを最優先に考えてほしいのです。
 CVVでは、みんなで夕食を食べる会やニュースレターの発行などをおこなっています。施設職員やケースワーカー、弁護士、事務職、大学の先生などさまざまな人がスタッフとして関わってくれています。参加者は施設経験者であることにこだわりません。むしろ施設経験者がCVVに参加することによって社会資源であるスタッフとのつながりができればと考えています。
 社会に根強くある「両親がいて子どもがいるのが普通」「血のつながりがあってこその家族」という家族観を変えていくことも重要だと思います。すでにわたしたちのような施設で育った子どもたちやひとり親家庭、ステップファミリーなど、多様な育ちや生き方が実在しています。今ある家族観は、そうでない人の否定につながっています。血縁という見方に苦しんできたわたしは、血のつながりではない関係性でつながっていきたいと強く思っています。