人権を語る リレーエッセイ

木村達也(きむら・たつや)さん 第65回
「反貧困」を旗印に、マイナーな運動をメジャーにする


木村達也(きむら・たつや)さん

弁護士

解決に向けて大きく前進した多重債務問題

30数年前に「全国クレジットサラ金問題対策協議会(略称:クレサラ対策協議会)を立ち上げて以来、消費者金融の債務者の救済に取り組んできました。多重債務を生み出す背景には、貸金業界による過剰融資、高金利、違法取り立てという3つの要因があります。いくら被害者を救済しても元を絶たねば本質的な解決にはならないという認識のもと、多重債務者を生み出す営業姿勢を法律によって改めさせる運動を続けてきました。
近年、多重債務問題が社会問題化され、解決するには業界の過剰与信を押さえなければならないという世論が形成されてきました。また、弁護士会や司法書士会、あるいは消費者運動団体、労働組合など幅広い団体が連携し、金利引き下げ運動もおこなわれました。こうして多重債務問題に対する問題意識が高まるなか、2006年12月、改正貸金業法という画期的な法律が成立しました。大改正であるため、2年半をかけて本格施行されます。2010年6月にはいよいよ最大の課題であった上限金利の引き下げや、与信額を借り主の年収の3分の1に抑えるという借入額の総量規制がおこなわれます。

多重債務の背景には「貧困」がある

こうした流れは貸金業界に大きな影響を与えており、大手消費者金融も含めて、経営規模の縮小が進んでいます。また、2007年以降、5件以上の業者から借りている人たちが約100万人減りました。あと50万人ほどの多重債務者がいるといわれていますが、改正貸金業法の本格施行によってさらに減少するはずです。
一方、消費者金融の利用者の実態を知るにつれ、多重債務問題の背景に「貧困」があることがわかってきました。ギャンブルや浪費のためではなく、収入が少ないためにお金を借りたのがきっかけで多重債務に陥るという人が圧倒的に多いのです。そこで、改正貸金業法の成立、施行という一定の目標を達したのを機に、貧困問題に取り組み始めました。
まず、「行政の多重債務対策を充実させる全国会議」という組織をつくりました。これまで行政は「借金は個人の問題である」として、放置している状態でした。しかし貧困問題対策として、行政には生活保護や生活相談、緊急融資制度など、さまざまな機能や制度があります。こうした行政サービスを徹底的に活用することで消費者金融に走らなくてもいい状況をつくっていこうという運動です。ちょうど2007年4月に金融庁が多重債務問題改善プログラムを作成し、官民あわせて多重債務者救済に取り組もうという気運が高まってきました。私たちが全国でおこなっている各地の講習会やシンポジウムなどに行政から多くの方が参加され、かなり成果があがっています。

テーマごとに組織を立ち上げ、運動を展開

また、多重債務問題には依存症がからむことも多くあります。長時間労働や低賃金、不安定雇用のような雇用状況や、それによって陥る「貧困」などで家庭が崩壊すると、辛い思いをまぎらわすためにギャンブルや薬物、買い物、飲酒といった行動に走ることがあるのです。この問題にも正面から取り組もうと、2007年に「依存症対策全国会議」を立ち上げました。そのほかにも「多重債務による自死をなくす会」「セーフティネット貸付実現全国会議」「生活保護問題対策全国会議」など、「貧困」から派生するさまざまな問題に取り組む運動を展開しています。
多重債務の背景には「貧困」があると述べましたが、「貧困」を生み出す最大の原因は雇用問題です。ここ数年で年収200万円未満の労働者が1千万人を超え、3人に1人が非正規雇用で働くなど、労働者の立場は年々悪化しています。この雇用問題を改善しなければ、「貧困」の解決はあり得ません。ところが今の社会は強者である企業の論理がまかり通り、労働者や社会的弱者の声はメジャーになりにくいという現状があります。そこで、日弁連は「貧困と人権に関する委員会」を立ち上げ、派遣労働法の改正などに取り組み始めました。ワーキングプア部会では、非正規労働、特に女性労働の問題に取り組んでいます。

運動がメジャーになれば偏見や差別意識は薄まっていく

強者の論理がまかり通る社会で弱者が声をあげていくには、運動をマイナーなものに終わらせず、社会の表に引っ張り出すことが必要です。たとえば私は多重債務者の救済に自己破産という手続をとりました。破産者といえばかつては「怠け者」「借金を棒引きにしてもらったずるい人間」というイメージが強かったのですが、自己破産者の数が増えるにしたがってそうした偏見や差別のまなざしは薄れてきました。現在、自己破産経験者は100万人を超えたといわれています。多くの人の身内や知り合いに1人ぐらいは経験者がいるでしょう。すると国民は自然に破産の効用を学び、破産者に対する偏見や差別意識が薄れていくのです。生活保護も同様です。このように、偏見差別意識をなくしていくには、社会がもっているシステムについて社会全体が認知することが重要なのです。そのためには現場をよく知っている人間の絶えざる努力と闘いが求められます。マイナーな運動をメジャーにするのは地道でしんどい作業の連続ですが、問題を先に知った者が広く社会に知らせていくことは、人間としての責任だと私は考えています。