人権を語る リレーエッセイ

坂本眞一(さかもと・しんいち)さん
労働運動と市民運動との連携で、住まいを失った人への生活・就労支援を進める


坂本眞一(さかもと・しんいち)さん

連合大阪副事務局長・大阪市地域協議会事務局長

「リーマン・ショック」以降、急激に増えた相談

2009年5月、「大阪希望館・相談センター」が開設され、6月からは「大阪希望館支援居室」への入居者受け入れがスタートしました。「大阪希望館」とは、仕事も住まいも失った人が野宿生活になる前に駆け込めて、再出発に向けての支援が受けられる場で、「いわば「住まいをなくした人の再出発支援センター」です。
2008年9月のいわゆる「リーマン・ショック」以降、雇用状況は急激に悪化しました。年末には派遣切りで仕事を失った人たちが年越しをするための「派遣村」が東京の日比谷公園につくられ、大きく報じられました。連合としても危機感をもち、就労と自立支援のためのカンパ集めを大々的におこないました。年が明けてから、かねてより相談事業で連携していたNPO法人釜ヶ崎支援機構事務局長の沖野充彦さんから、「仕事も住まいも失った人たちのために何かできないか」と相談がありました。ちょうどその頃、私がかかわっていた相談窓口にも派遣切りにあった人たちがどっと相談に来られ、大変な事態が起きていると実感しているところでした。そこで集まったカンパを元手に、これまでもともに活動してきた金光教や大阪労働者福祉協議会にも呼びかけ、「大阪希望館」が誕生しました。

施設保護と施設福祉の両方を兼ね備えた支援
「大阪希望館」の大きな特徴は、施設保護と施設福祉の両方を兼ね備えているところです。従来の施設保護は、ケアはあるけれどプライバシーがありません。一方、居宅ではプライバシーはありますがケアがないということになりがちです。「大阪希望館」ではプライバシーの尊重もケアもある場にしようということで運営メンバーの意見が一致した時、直感的に「これはいい」と思いました。また、建物を希望館とするのではなく、インターネットでの発信や交流などバーチャルな関係も含めて、希望館にかかわっていく人やまち、コミュニティー全体を「希望館」と呼ぼうということになりました。「希望館」という名称は、作家の難波利三さんの同名の小説から、難波さんの快諾を得ていただいたものです。小説は、終戦直後の大阪で戦災孤児や母子などを保護した「梅田厚生館」をモデルにしています。梅田厚生館は公立施設でありながら、運営経費の多くが市民の善意でまかなわれました。希望館という名前には、市民の力で仕事と住まいを失った人たちの再出発を支援し、もう一度生きる希望をもってもらおうという思いがこもっています。私たちも、「今日、寝るところがない、食べるものがない」という状況で相談にこられる方が増えるにつれ、「行政に頼っているだけではなく、自分たちでも動かなければ」と痛感しました。また、相談という入口だけでなく、就労や生活再建という「出口」も開拓していこうと考えました。運営費はすべて市民や団体の寄付によってまかなわれています。今後も会員を広く募っていきます。まさに現代の「希望館」なのです。
労働組合と市民運動との連携
これまで連合を始め労働組合は、組合員の権利保護を中心に運動をしてきました。非正規労働で働く人たちの状況に目を向けてこなかったという反省点があります。非正規労働者の問題もホームレスの問題も、基本的人権が侵害されている問題ですから、労働組合が取り組むべき課題です。
また、組合自体も、現在は組織率が20%を切り高齢化が進むなど課題は多々あります。だからこそ組合員中心の運動から脱皮し、さまざまな人と手を結んで社会的な問題にきっちり取り組んでいくことが必要です。「大阪希望館」の取り組みを、労働組合が市民運動と連携したひとつの事例として大事にしていきたいと考えています。
「大阪希望館」の構想段階では、緊急的宿泊と食事の提供をおこないながら再出発の方向や方法を一緒に考えるというイメージを描いていました。実際にスタートしてみると、2,3日から1週間程度で自立支援センターに移り、具体的に動き始められる人もいる一方で、自力だけでは再出発が困難な人もいることがわかってきました。それは本人だけの問題ではなく、今の雇用状況では年齢的に就労が難しかったり、安定した仕事に就くためにじっくりと求職活動に取り組む必要があったりするためです。
生活のリズムと意欲を維持しながら、その人に合った再出発を
私たちは、金銭を給付するという形はできるだけとりたくないと考えています。働ける状態であるなら、そのリズムと意欲が継続できる支援をしていきたいのです。たとえば、ハローワークに通って求職活動をしてもらいながら、人材育成基金の給付を受けて公共職業訓練を受ける。あるいは月水金の週3日、有償ボランティアとして清掃作業に参加してもらい、対価として4500円を支払い、食費や面接に行くための交通費などを賄ってもらう。そうやって生活と気持ちのリズムを維持しながら、その人に合った再出発ができることが目的です。再出発後も、仕事や生活の不安や悩みにぶつかった時はいつでも相談を受けます。
これまで行政のセーフティネットといえば、生活保護かハローワークしかありませんでした。ハローワークで仕事が見つからず、家賃を滞納すれば野宿か生活保護かという選択しかないのです。しかし、たとえば労働事務所と福祉事務所とが一体になるような、もう少し幅のある支援、制度があれば、意欲を失うことなく再就職できる人は少なくありません。とはいえ、今や行政だけに頼れる時代でもありません。行政と民間が情報を共有し、一緒につくるという新しい形が求められています。そういう意味でも「大阪希望館」の取り組みは大きいと自負しています。