人権を語る リレーエッセイ

福原 宏幸(ふくはら・ひろゆき)さん 第62回
物的支援中心の福祉から、支え合いの「援護福祉」へ


福原 宏幸(ふくはら・ひろゆき)さん

大阪市立大学大学院経済学研究科教授

「貧困」「格差」「排除」の広がりの背景にあるもの

ここ数年、「貧困」「格差」が大きな社会問題として語られることが多くなりました。具体的には、若者の派遣切りや長時間働いても十分な収入を得られないワーキングプア、年間3万人を超える自殺者といった状況が続いています。ひと言でいえば、「貧困」と同時に社会とのつながりがもてないという「排除」の現象が増加しているということです。
その背景には、経済的な要因と社会的な要因が考えられます。経済のグローバル化が進み、世界のどこかで起きた経済不安が即座に日本経済に波及するという構造ができあがりました。その結果、日本の企業は長期的視野に立った経営戦略よりも目先の利益の確保に走ることになりました。そのひとつが労働コストの削減、つまり非正規雇用の拡大です。こうした状況はヨーロッパやアメリカも同様ですが、日本は労働規制が非常に弱く、ナショナルセンターである連合も強く反対しなかったこともあり、企業が労働コストを削減しやすいような労働法の改定がおこなわれました。これによって日本企業が強い国際競争力を維持できたという側面もありますが、日本国内では貧困と格差が一気に広がりました。

「援護福祉」が求められる理由

社会的な要因としては、経済の発展と同時に、ある程度充実した社会保障が確立されてきた結果、世界的にも豊かな社会が形成されてきたことがあります。その前提には、家族や地域で支え合う、あるいは企業が社員を福利厚生面で支えるという仕組みがありました。ところが、家族を基本単位としているため、個人として生きようとすると十分な社会保障が受けられないということが起こります。つまり、個人の自立化が進む一方で、個人がリスクを背負う。自立を保障し、支える仕組みが非常に脆弱であるというのが日本の現状だといえます。
これまで社会福祉の主たる対象者は、高齢者や障がい者、母子家庭、特定の児童など、対象が限定されており、現物給付が中心でした。もちろん、最低限の物的な生活を支えることも大切ですが、働く意欲や必要のある若い人たち、母子家庭の母親などに対しては別の形での支援が求められます。若い人たちのなかに社会にうまくとけ込めない人たちも増えていますが、こうした人たちに対しては社会と関わるためのきっかけや自信、ノウハウを提供することが必要です。これによって人との信頼関係を回復するのですが、それには時間とプロセスとが必要です。このように、従来とは違う福祉のありようが求められているということで、この人を支える福祉を「援護福祉」と名づけました。

「援護福祉」の観点として大切なこと

「援護福祉」を考えるうえで大切なのは、対象となる人たちとの信頼や対等性です。ともすれば「援護する人」「援護される人」という上下関係になりがちですが、対象者の方々はそうした関係ではなく、対等な関係のなかで自分という存在を承認されることを望んでいます。
このような観点も含めた「援護福祉」の考え方は、実は決して新しいものではありません。障がい者支援や同和地域における総合相談では、ずっと援護福祉的な観点で展開されてきました。その蓄積はぜひ生かすべきだと考えます。
ヨーロッパでの取り組みにも学ぶところがあります。ヨーロッパでは、「社会的排除」に対する「社会的包摂」の政策として進められてきました。たとえば、社会的な活動をしているNPOに対して、企業からの寄付や自社の商品提供などがかなり集まってきます。電気、水道、ガスなど公共企業はそれぞれファンドをつくり、滞納世帯に対してファンドを使って肩代わりし、その情報を行政や支援団体に流して何らかの支援につながるよう協力するという仕組みもあります。空席のある映画や演劇のチケットを無料で提供するという支援をおこなっているNPOもあります。当事者が「もう一度がんばってみよう」と生きる意欲をもてることを重視した支援です。
税金をはじめ、社会的負担が相対的に重いというのも特徴です。議論もありますが、全般的には納得されているのは、お互いに支え合うことによって、当事者の生活だけでなく国の経済全体が安定するという社会的連帯の価値観が一般市民も含めて広く浸透しているためと考えられます。

支援組織のネットワーク化でこれまでの蓄積を生かす

今回、「援護福祉」を人権の観点で取り組むために、社会福祉法人大阪府総合福祉協会と財団法人大阪府人権協会とが「援護福祉協働事業研究会」を進め、その報告書をもとに、具体的な協働がスタートします。これによって今までそれぞれが取り組んできた事業と蓄積がネットワークで結ばれ、相乗効果が生まれることが期待されます。まずは「援護システム」の構築です。具体的には、「生活再建支援センター(仮称)」の設置・運営、「生活寮(シェルター)」の設置・運営、「生活資金ローン(仮称)」の創設、「働くことを学ぶ会社」の創設という、4つの柱が必要だと考えています。そのために、「刑余者」支援、ホームレス支援、多重債務者支援、働くことを学ぶという、具体的な課題への取り組みが必要です。
私たちだけですべての困難を抱えている人に対応していくのは困難ですが、全国各地で支援に取り組んでいる組織と連携することで支援の輪を広げることができます。実際に、2005年におこなったホームレスの全国調査によって、全国のホームレスの現状が明らかになったと同時に、支援組織の現状もわかり、ネットワークにつながっています。このように、各地で支援に取り組んでいる組織が情報と知恵を交換し、切磋琢磨しあいながら、官でも民でもない「新たな公」をつくっていくことも「援護福祉」の広がりに欠かせないことだと考えます。