人権を語る リレーエッセイ

浜井 浩一(はまい・こういち)さん 第60回
犯罪の実態を正しく知り、再犯防止のための議論を


浜井 浩一(はまい こういち)さん

龍谷大学教授(矯正・保護研究センター基礎研究部門長)

刑務所に入るのはどんな人なのか?

現在、日本では年間約200万人の人が検挙され、うち約3万人が刑務所に収容されます。刑務所は最近、過剰収容といって収容人数が定員をオーバーする事態となっています。200万人中の3万人(2%未満)ですから、市民のみなさんは「選りすぐりの凶悪犯罪者」をイメージするでしょう。しかし、これは正しくありません。受刑者の過半数以上は窃盗、無銭飲食、薬物使用などです。
「刑務所の人口が増える=犯罪が増えている」というふうに考えがちですが、「犯罪の増減と刑務所人口はほとんど関係がない」というのが犯罪学の常識です。国際的にみても、犯罪が減少傾向にあるなかで刑務所人口が増えていたり、あるいはその逆であったりする国はたくさんあります。刑務所の人口というのは、どういう人たちを犯罪者として刑務所に入れ、どう処遇するのかという、その国の政策によって決まるのです。厳罰化すれば当然、犯罪の増減にかかわりなく刑務所人口は増えることになります。200万人のうちの3万人という数にとらわれず、「どういう人が、どんな罪で刑務所に入っているのか」をみる必要があります。

居場所のない人たちの“最後の砦”

私は大学で認知心理学を学び、法務省に就職して犯罪者の心理を分析して処遇や更生プログラムを考える心理技官となりました。少年鑑別所、少年院や法務総合研究所などを経て、2000年に分類担当の首席矯正処遇官として、ある刑務所に赴任しました。驚いたのは、過剰収容であるのに工場で作業できる受刑者が足りないということです。多くの受刑者が、高齢であったり軽度の知的障がいを抱えていたりと、何らかのハンディキャップがありました。働けないうえに支援してくれる家族や施設といった受け皿がなく、生活に困って窃盗を重ねている人が多いこともわかってきました。刑務所は「凶悪な犯罪者」ではなく、「社会のどこにも居場所がない、社会的に弱い立場に置かれた人たち」の“最後の砦”となっていたのです。

日本の治安は決して悪化していない

私が勤務した刑務所が特別だったわけではありません。殺人の認知件数や人口動態統計における死因統計など、犯罪に関する統計は毎年きちんととられています。それらをみると、暴力によって死亡する人の数は1950年代から減り続けています。平成20年版の犯罪白書に掲載されている法務省が行った犯罪被害調査によると、科学的に調査した場合1990年代後半からは窃盗など軽微な犯罪被害も増加しておらず、減少傾向すら認められます。
つまり、日本では刑務所があふれるほどの受刑者がいますが、その多くが福祉的支援を必要とする人たちであり、治安は悪化しているわけでは決してないのです。そのことをまず知っておいていただきたいと思います。治安が悪化していないにもかかわらず、刑務所の人口が増加したのには厳罰化が影響しています。2004年に刑法が改正され、殺人の最低刑が執行猶予の可能な懲役3年から、執行猶予をするためには何らかの軽減事由が必要な5年に引き上げられました。厳罰化は殺人にかぎりません。そして法定刑だけでなく刑罰の運用そのものが引き上げられることによって多くの受刑者が、より長い刑期を言い渡されて刑務所に入ることになります。

犯罪は私たちのなかから生み出される

犯罪学の専門家として、犯罪に関わる人たちのなかに犯罪を客観的かつ科学的にみるという視点がないことに危機感を抱いています。そもそも法学部のカリキュラムに実証的な犯罪学や統計学がほとんどありません。一方で、これ自体は必要なことですが、犯罪被害者に対する共感と支援が広がると同時に、加害者を不気味な存在として描く報道が増えてきました。ここ数年、司法に対して「世情にあった判決を」と言われるようになりましたが、それは市民の不安感を取り込んで、「市民が望む」厳罰化を進めようということです。
テレビに映る犯罪者は自分たちとは違う「モンスター」であり、自分たちの安全を守るには叩き潰すしかない。不正確な統計やマスコミ報道によって、そう考える人は少なくないようです。しかし犯罪をする人は、私たちのなかから生まれるのです。犯罪を生み出さない社会を作る、更生を支援して再犯を防止する、これはすべて私たち自身の問題です。排除するだけでは犯罪はなくなりません。本気で犯罪を減らしたい、安心して暮らせる社会にしたいと思うのであれば、まず、人が犯罪をするプロセスを知り、犯罪行為をした人にどのような支援が必要かを考えることが大切です。
現在、全国3カ所に国立の更生保護施設の設置計画がありますが、各地とも激しい反対運動が起こっています。この背景には、こうした施設で生活する予定の人たちに対する正しいイメージが伝わっていないことがあります。多くの住民は「恐ろしい犯罪者が来る」というイメージを抱いています。このイメージを変えなくてはいけません。実際に施設に入るのは何らかのハンディを背負った、私たちと変わらない人です。居場所のある人とない人では再犯率が違います。再犯を防ぐためには厳罰化ではなく、社会に戻ってきたときの居場所が必要だということです。
犯罪をした人への支援について議論ができる状況になってきたのはささやかながらも前進です。正しい情報と知識をもとに、さらに議論を深めていきたいものです。