人権を語る リレーエッセイ

富士火災海上保険株式会社 第57回
人材は“人財”、社長自らがメッセージを発信


逸見大輔(いつみ・だいすけ)さん

富士火災海上保険株式会社 人権推進部長

能力と適性だけで採用するとあえて「宣言」

私たち富士火災海上保険株式会社は、2008年11月から自社のホームページのリクルート情報に「採用面接と人権推進」のページ(※1)を設けました。採用面接時に、本籍や生い立ち、家族構成、家族の学歴や職業など、「就職差別につながるおそれのある質問は行いません」と宣言しています。
これは、大阪府公正採用・雇用促進会議(※2)の中で提案された取り組みを具体化したものです。私どもの社員がこの促進会議に参加していたのですが、そこで委員の一人から「これまで学校では能力や仕事の適性に関係のないこと等を質問された時には『そうした質問には(学校の指導により)答えられません』と回答するように指導してきており、実際にそうやって頑張っている子どもたちがいるが、一方では学校も含めて『そんなことを言うと、採用されないのでは?』と不安に思っていることもある。企業側もこれに応えて『我が社は面接などで違反質問などはしない』ということを、応募書類などで明らかにしてくれると、受験する側も安心できるのではないか」という提案があったのです。たしかに、採用面接で、仕事には関係の無いようなことを質問されて嫌な思いをしている人は少なくないようです。各社の採用担当者が集まる社外セミナーなどでも、仕事に関係のない質問をしないようにという注意が繰り返されます。インターネットの掲示板に「あの会社の面接で、こんな質問をされて不愉快だった」と書き込まれることもあります。就職差別を受けるのではないかという不安を抱きながら採用面接に臨まれる方が少なくないということです。こうした現実を見聞きするなかで、私たちは採用の現場でいやな思いをされる方がいかに多いかを実感し、あえて「当社は能力や適性のみで判断します」と宣言することによって、応募される方の不安を事前に取り除こうと決めました。

不適切な質問の排除は、企業側にもメリット

このような宣言をし、会社としての姿勢を明確にすることによって、応募される方の余計な不安を取り除き、採用面接をスムーズに進めることができるようになりました。採用には大変なコストがかかります。特に新卒採用は、社会経験のない学生を社会人として育てていくという意味においてもかなりの経済的・人的コストがかかります。入社後に「実は適性がなかった」などということを極力なくすには、限られた面接時間で応募者の能力や適性をしっかりと把握することが求められます。
ですから応募者には、これまでの生き方や、どんな課題にどのように取り組んできたかを聞き、その人の仕事に対する考えや姿勢を知ろうとします。学生時代の経験や、そこから学んだことを具体的に話してもらいます。自ら考え、行動してきた人は、ひとつの質問を投げかけると「そう言えば・・・」とさまざまなエピソードが出てきます。「その時、どう思ったのか?」「どんな行動をしたのか?」「その経験を別の場面で、どう生かしたのか?」と問いかけていくなかで、「人となり」が浮かび上がってくるのです。それこそが面接の意義であり、私たちが最も知りたいことであり、本籍や家族の学歴や職業などを聞いている暇などありません。
実際、こうした考え方を社内で共通認識として徹底した結果、特に新卒採用においては当社に合った能力、適性を持つ人を確実に採用できるようになってきました。

マニュアルではない、常日頃の「人権意識」

人権に対して敏感であるという姿勢を明確にすることのメリットは他にもあります。採用にいたらなかった人も、お客様という形でつながりが生まれる可能性があります。その時、会社に対する信頼感は非常に重要です。また、社員となった人は、今度は自分が人権に敏感であることが求められます。特に私たちの仕事は事故が関わる保険を取り扱うという性質上、さまざまな個人情報が集まってきます。一方で、社員とお客様との信頼関係が契約に結びつくことが多く、関係性が深まれば深まるほど、個人的な様々な相談を受けやすくなり、個人情報の漏洩に結びつく恐れのあるやりとりも生まれがちです。そんな時、安易に答えるのではなく、一呼吸おいて考えられるかどうか。こうした感覚は、「これを言ってはいけない」「こういうことを聞いてはいけない」というマニュアルでは培えません。採用時の面接をはじめ、人権研修や職場での取り組みを通じて、常に「人権を本業の基本において、業務を遂行する」というメッセージを発信していくことが重要だと考えています。
具体的には年に2回の研修をおこなっています。上半期は管理職研修があり、所属長がそれぞれの職場に研修内容を持ち帰り、各職場の状況に合わせた研修をします。下半期にはさまざまな教材を使って所属長をリーダーにした研修を職場ごとにおこないます。また、毎年12月の人権週間のスタート時には、社長自らが社員に向けてメッセージを発信します。2008年は11月に「セクハラの追放」、12月に「パワハラの追放」を宣言しました。同じ12月にパワハラ研修の専門家を招き、社長以下、経営陣が役員研修を受けました。ハラスメントの防止は人材流出を防ぐという意味でも非常に重要です。この人権への取り組みの成果として出てきたものが、冒頭の採用における「宣言」であると思っています。この宣言は人権推進部が指示をしたものではなく、採用推進グループの社員が気付いて自発的に掲載したものです。このように各自が人権感覚を磨き、一人ひとりの社員が胸を張って「良い会社だ」と言える会社をめざしています。

学び合い、高め合える「つながり」

研修もただおこなえばいいというものではありません。研修の中で何かに気づき、考え方や生き方を振り返ってもらえるような研修をおこなうために、講師や教材の情報収集は欠かせません。当社は大阪同和・人権問題企業連絡会(※3)や東京人権啓発企業連絡会に加盟し、労務管理や採用、人権推進に携わる社員は積極的に外部研修に参加しています。情報収集もさることながら、建設やメーカーなど異業種の方々と出会い、社会で働く者同士という意識でおつきあいさせていただくことはとても勉強になります。こうしたつながりを通じて、研修講師の大学教授や専門家の方々と出会えることもありがたいことです。
1社だけでできること、得られる情報は限られています。社会的責任を果たしつつ、一企業としてよりよく成長していきたいという思いをもつ企業がつながり、行政や各団体とも連携しながらともに学びあえる場を今後も大切にしていきたいと考えています。


>>>(※1)富士火災海上保険株式会社ホームページ「採用面接と人権推進」ページ
>>>(※2)大阪府公正採用・雇用促進会議とは
>>>(※3)大阪同和・人権問題企業連絡会とは