人権トピックス

毎日新聞大阪府内版掲載[2008年3月28日(金)朝刊]
~ いじめられていた時。 何よりも共感と居場所が救いだった。~


河相我聞(かあい・がもん)さん河相我聞(かあい・がもん)さん
1975年生まれ。小学4年生の時に児童劇団に入団。19歳で父親となり、現在2人の男の子をもつ。連続ドラマ『時をかける少女』で注目を集める。主な主演作ドラマ『未成年』『みにくいアヒルの子』、映画『緑の街』など。

大勢のなかで、誰も助けてくれない恐怖
小学校から中学校にかけて、いじめを受けていました。10歳の頃から芸能活動をしていることで「生意気だ」と言われ、我聞という変わった名前でもずいぶんからかわれました。
小学校時代の一時期、クラスメートたちに仲良くしてもらいたくて、親のお金をくすねてはゲームセンター に通い、友だちにおごっていました。お金をもっていれば、「おごってよ」とみんなが寄ってきてくれます。しかしお金を持っていなければ、誰も寄ってきません。みんなから相手にされたくて、小学生のぼくはお金を工面するのに必死でした。 ある時、学級会で「河相くんが親のお金を盗んで人におごっているのはよくないと思います」と問題にされました。今までおごっていたクラスメートたちまで同調して「河相くんはよくない」と言い出します。ぼく一人が悪者にされているのを、担任の先生はずっと黙って見ているだけでした。仲間だと思っていた人たちがいきなり攻撃をしてきたうえに、大勢がいるなかで先生すら助けてくれない――。今思い出してもぞっとします。

「学校へ行かなくてもいいわよ」と言った母の思い
中学生になると、いじめはさらにエスカレートしました。「なんであんなやつが芸能人になれるんだ?」「どうせエキストラかなんかだろ」という陰口、悪口が聞こえてきました。上履きがカッターでまっぷたつに切り裂かれていた時の悲しさは、今も忘れられません。
ある朝。思い切って母に「今日は学校に行きたくない」と言ったことがありました。「何言ってるの!」と叱られるのを覚悟しながら。すると母はあっさりと「行きたくないんなら、行かなくていいわよ」と言うのです。 拍子抜けしながらもホッとしていると、母は次々と用事を言いつけてきます。「学校へ行かないなら草むしりをしてくれない?」「掃除もお願いね」「買い物に行ってきてちょうだい」・・・。せっかく学校を休んだのに、少しもゆっくりできない。「これなら学校へ行くほうがマシだな」と思ったぼくは、翌日からまた学校へ通いました。もし母親が「学校へ行きなさい!」と怒ったり、強制したりしていたら、ぼくの考え方も変わっていたでしょう。母は、「学校へ行かせる」のではなく、ぼく自身が学校へ行こうと思えるようになることを考えたようです。

 

悪者探しより、共感と居場所を
芸能人であることがいじめの理由のひとつになりましたが、芸能人だったからこそいじめから脱出できたと思っています。芸能活動を通じていろいろな人と出会い、多様な価値観を知りました。視野が広がった時、学校という狭い世界のなかでのいじめがちっぽけなことに思えてきたんです。相変わらず名前をからかったり悪口を言ったりするやつはいましたが、「おれにはやることがある。くだらないことにつきあってるヒマはないんだよ」と余裕をもって受け止められるようになりました。「自分をいじめるやつらが知らない世界を知っているんだ」という自信が自分を支えてくれたんだと思います。
子どもは、大人が考えている以上に冷静に大人の姿や言動を観察しています。いじめられても親や教師に相談しない子どもは少なくないのは、「相談しても、自分の気持ちは理解してもらえない」と思っているからではないでしょうか。感情的になって学校に文句を言ったり、いじめっ子を頭ごなしに叱りつけたり無理やり謝らせたりしても、何の解決にもなりません。まずは何よりもつらい気持ちをわかってほしいのに、「学校が悪い」「いじめる子が悪い」、果ては両親の間で「おまえが悪い」「あなたが悪い」と、本人を置き去りにして悪者探しが始まってしまう。これでは子どもは相談などできません。
いじめられている子に必要なのは、助けたり守ったりするよりも先につらい気持ちをただ受け止め、共感することだと思います。そして「いつでも話を聞くよ。学校を休んでもいいよ」と“居場所”や“心の逃げ場”をつくってあげることです。学校以外の居場所や心の逃げ場をもっていれば、子どもは自分で考え、乗り越えていくことができる。自分自身の経験から、ぼくはそう考えています。