人権を語る リレーエッセイ

髙群 哲也(たかむれ・てつや)さん 第47回
「えせ同和行為」の正しい理解と拒否の姿勢を


髙群 哲也(たかむれ・てつや)さん

(財)大阪府暴力追放推進センター 専務理事

「仮面」を使い分ける暴力団

(財)大阪府暴力追放推進センターは、1992(平成4)年に制定された暴力団対策法(暴対法)の31条の規定を受けて全国の都道府県に設立されたうちのひとつです。暴力団追放、薬物乱用防止のための広報啓発や暴力団による被害者等の救済・支援、少年に対する暴力団の影響を排除するための活動など、さまざまな事業をおこなっていますが、中心となるのは暴力団に関する相談です。トラブルに巻き込まれた人が「この程度のことを警察で取り上げてもらえるのだろうか」とためらうことは珍しくありません。そこでまずセンターで相談を受け、警察に引き継いだり弁護士を紹介したりしながら、最善の解決法を一緒に考えていくという形が考えられたのです。府内に4ヶ所の相談室があり、警察OBである相談員が常駐しています。
私たちの活動は暴力団をターゲットにしていますが、暴対法成立以降、暴力団を名乗ることは彼らにとって決してプラスにならなくなりました。以前は暴力団と名乗ることによって人を怯えさせ、目的を達することができましたが、今はすぐに法律の網がかかってしまいます。暴力団であることを前面に出す「うまみ」が大きく減少したわけです。そこで今度は、暴対法から逃れるために政治団体や社会運動団体、NPOを名乗って不法行為をおこなうケースが増えてきました。この3つの「仮面」を都合よく使い分けるケースもあります。

心理的な圧力をかけて怯えさせる

ごく一般的な市民生活を送っている人にとって、暴力団は遠い存在のように思われるかもしれません。しかし事業をされている場合などは、さまざまな形で暴力団がからんできます。製造業なら製品に、飲食業なら食べ物やサービスにクレームをつける。大きな企業に対しては、下請けなどの仕事を回せと言ってきます。最近では短期間で大きな利益をあげられる証券や株などの業界にも進出し、「経済ヤクザ」などと呼ばれています。日常生活の場面で市民に迷惑をかける、いわば昔ながらの暴力団もあれば、企業に入り込んで活動する「経済ヤクザ」もいる。彼らも生き残りをかけて、さまざまな方面に進出しているのです。
それでは、暴力や脅しに直面した時、どのように対応すればよいのでしょうか。私たちが受ける相談のなかで目立つのは、同和団体や右翼を名乗って「本を買え」「賛助金を出せ」と強要する押し売りです。彼らは暴力的な組織の存在をちらつかせて、心理的な圧力をかけてきます。そうして怯えさせ、言うことをきかせるのが目的なのです。

最初の段階で毅然と断ることが大切

残念なことに、人を怯えさせる言葉として「人権」「差別」といった言葉が使われることがあります。「人権について勉強してはどうですか」「差別についてどう思いますか」と言われ、困惑や恐怖を感じて一歩も二歩も下がってしまう人が少なくありません。その最初の対応が“勝負どころ”なのです。彼らは常に利益とリスクとを天秤にかけています。どの程度まで押せば思うようになるか、体験的にわかっています。恐喝などで捕まってしまえば元も子もないわけですから、捕まらないようにしながら、いかに相手を怖がらせるかというところに全力を尽くすのです。そのために演技もします。電話なので“道具”は声だけですが、独特のすごみを効かせた言い回しをします。“セールストーク”の例文もあるようです。「びびっているな」と感じたら、相手はどんどん押してきます。
こちらも「差別や人権に関してきちんと考えている姿勢を示さなければいけない」と思い、余計な断りの理由を言ってしまうと、今度はその説明のあげ足を取られ、相手につけ入るスキを与えてしまいます。「そうですね」という相槌を「了解した」と強引に解釈し、本を送りつけてくることもあります。こうした「えせ同和行為」に対しては変に気を遣ったりせず、最初の段階ではっきりと拒否する姿勢を見せることが大切です。

団体が正規かどうかではなく、行為そのものが問題

気になるのは、相談してこられる方が、まず「この団体は本物ですか、それともニセモノですか?」と訊かれることです。団体が正規のものであろうとなかろうと、行為が常識の範囲を逸脱していることが問題なのです。えせ同和行為の「えせ」とは、団体が正規ではないという意味ではなく、行為そのものを指していることをお伝えします。
私たちが受ける「えせ同和行為」の相談の多くが同和関係の本の売りつけです。「トラブルになったらうるさいぞ」という気持ちが根っこにあるので、なかなか電話を切れない。ぐずぐずしているうちに「じゃあ本を送っておくから」と言われる。本が送られてきてもすぐに送り返せばいいのですが、「どうしよう、どうしよう」と手元に置いているうちに日が経ち、「どうなってるんや」と催促の電話がかかってきたりして、結局買ってしまったというケースが後を絶ちません。私たちのセンターのアンケートによると、約1割程度の人が不当要求に応じています。相談にこられなかった人を含めると、割合はもっと上がるでしょう。全国のこの種事案の検挙報道を見ても、被害総額が数億から十数億円にものぼる例がみられます。「えせ同和行為」は社会全体で考えていかなくてはならない、大きな問題だと思います。
本来、人権問題に取り組む団体は怖いものでも何でもありません。また、本を売りつける、賛助を要求するといったことが活動の主旨でもありません。今後ともすべての暴力、すべての不当要求を断固拒否するという姿勢と、人権問題やそれに取り組むことへの正しい認識を広めることが必要だと考えます。