人権を語る リレーエッセイ

内海 義春(うつみ・よしはる)さん 第46回
市民の大多数を抱える「企業」の責任として人権問題に取り組む


内海 義春(うつみ・よしはる)さん

大阪企業人権協議会 事務局長

「えせ同和」行為をなくす取り組み

私たちの活動のひとつとして、電話相談を受け付けています。そのなかには「えせ同和」に関する相談があります。事例としては、「電話がかかってきて同和問題の本を買うように言われたり、勝手に送りつけられたりした。どうすればいいのか」というものがほとんどです。その際にまず出てくるのが、「これは、えせ同和ですか」という質問です。実はここが重要なポイントなのです。「“真っ当な”運動団体が言ってきたのであれば、買うのですか」ということです。つまり、「えせ」であろうとなかろうと、必要なければ買わなければいいのです。はっきりと断れない背景・根っこには、「“真っ当”な運動団体に断って、後で差別だと騒がれたら大変だ」など、「同和地区の人は怖い」というステレオタイプ・偏見が垣間見られます。もちろん具体的なアドバイスもしますが、「必要ないからと断っても部落差別にはならないでしょう。なぜはっきりと断れないのかというところを少し考えてくださいね」と付け加えます。マニュアル的な対処法だけでは、「えせ同和」行為をなくすことにはなりません。「えせ同和」問題を正しく理解するには、「人権の視点」が欠かせないのです。
かつては企業が部落地名総鑑を購入しました。今なお新たな部落地名総鑑が発覚していますが、背景には興信所の身元調査があり、調査を依頼する一般市民がいます。その市民の多くを形成しているのは企業です。企業はそこに責任を感じなければいけません。そうした意味でも、今後もCSR(企業の社会的責任)としての人権を念頭に活動していきたいと考えています。

「部落地名総鑑事件」を教訓に始まった取り組み

「部落地名総鑑事件」(1975年)が発覚したのを契機に、1977年に「企業内同和問題研修推進員(現在は公正採用選考人権啓発推進員)」制度が定められました。社員数100名(大阪は25名)以上の事業所において、適正な採用選考システムの確立等に中心的な役割を果たす担当者を設置するというものです。一方で、大阪府内では1976年頃から、企業による自主的な人権啓発組織が設置されるようになりました。地名総鑑事件に限らず、当時の企業には差別的な体質があるとの自覚と反省から生まれた取り組みです。行政の指導によってつくられた制度と企業の自主的な取り組みが結びつき、大阪府内の各市町村で企業連絡会(地域連絡会)が組織されるようになりました。そして1981年、これらの連絡会が互いに連携し、幅広い啓発活動を展開するために「大阪企業同和問題推進連絡協議会(大阪企同連)」が設立されました。現在の大阪企業人権協議会の前身です。
始まりこそ行政の指導による部分もありましたが、現在は企業同士の相互研鑚や情報交換を通じて得たものを自社の研修に反映させていこうという自主的な活動です。

社会的責任として人権研修を

設立の経緯もあり、取り組みの大きな柱は「公正な採用選考」です。数年前まで全般的に採用が抑えられ、同時に「公正な採用」という意識が薄れる傾向が見られました。そこで原点に立ち返ろうと、公正採用選考人権啓発推進員現任者研修会の研修プログラムに、公正採用に関する実務的な講座を組み入れるなどの取り組みを進めています。
もうひとつの柱として、人権研修の推進が挙げられます。近年、盛んにCSR(企業の社会的責任)が強調されています。私たちは、企業内の研修はもちろん、企業全体としての人権問題への取り組みを積極的に推進、拡大していると自負しています。
研修とひと口に言っても、義務的におこなうのと、自発的に「やらねばならない」という姿勢でおこなうのとでは内容も効果も大きく違ってきます。また、約7800社の企業(事業所)が会員となっていますが、社員が数万名という大企業から十数名の中小企業まで、規模もさまざまです。十分な予算があり、人権問題の専任者もいるというケースは稀で、ほかの仕事をもちながら人権に関わる仕事もしているという人が大多数なのです。そういった人たちがプレッシャーや重荷からやる気をなくしてしまわないよう、しっかりサポートしていくことがとても重要なのです。

ニーズに合わせたサポートで意識を高める

かつては「啓発をしましょう、しなさい」と、いわば“号令”をかけることに力を入れていました。しかしそれでは「やらなければいけないことはわかっているけど、具体的にどうすればいいのかわからない」という企業はなかなか動けません。そこで、私たちはまず「企業が社内人権研修をすることは、企業の社会的責任(CSR) としての具体的な取り組みのひとつである」と明確に宣言しました。当たり前のことなのですが、これまでCSRの中ではなかなか言われなかったことです。そのうえで、「おおさか社内人権研修サポートセンター」を設立しました。研修のプログラムに関する相談や講師の紹介、人権研修リーダー養成のお手伝いなどをします。講師は、企業で人権を担当していた経験者から専門家まで、ニーズに合わせて紹介、派遣します。
特に重要視しているのは、アドバイザーとしての役割です。たとえばビデオの貸し出しもおこなっているのですが、従来は図書館のように置いてあるものを貸し出すだけでした。現在は、「どんな研修をするのか」というところから話を聞き、内容に応じたビデオの紹介や教材としての使い方をアドバイスしたうえで貸し出すようにしています。
こうして人権担当者を具体的にサポートしていくことで企業内の人権研修の内容を高め、ひいては全体としての人権意識を高めていくことになると考えています。