人権を語る リレーエッセイ

大沢 秀明(おおさわ・ひであき)さん 第45回
「安全配慮義務」の徹底によって「いじめ」は止められる


大沢 秀明(おおさわ・ひであき)さん

全国いじめ被害者の会 会長

見えないところで責任回避を図る学校

1996年1月22日。私の息子、秀猛は15歳で自ら命を絶ちました。いつもニコニコして、3人の兄たちにかわいがられ、母親の手伝いもよくしていた、やさしい息子でした。自殺をするなど、思いもよりませんでした。遺書を読み、初めて息子がいじめられていたのを知ったのです。「お父さん、お母さん、ごめんなさい」で始まる遺書には、中学校の入学式の日から始まったいじめについて書かれていました。殴られ続け、大切にしていたファミコンを脅し取られ、総額30万円ものお金も脅し取られていたのです。私は怒りで全身が震えました。
遺書には5人の加害者の名前が書かれていました。葬式には大勢の同級生が来てくれましたが、その5人は現れませんでした。私は弔問に来た校長に彼らの名前を伝え、「焼香して詫び、いじめの事実を話してもらえればすべてを許します」と言いました。ところが返事ははかばかしくありません。思い余って直接電話をすると、学校が「大澤さんのところへ行くなら、ちゃんと(学校へ)報告しなければ駄目だよ」と言っていたことがわかりました。また、いじめではなく「ケンカだと言え」とも言っていました。私たち家族には見えないところで、学校は責任回避を図っていたのです。

学校が「いじめ」を隠したい理由

学校の思惑が見えてくると、私の怒りと不信は一層強まりました。しかし、自分なりに調べるうちに、だんだん学校側の「事情」も見えてきたのです。学校には処罰賠償責任というものがあり、学校内で事件や事故が起きると都道府県の教育長から市町村の教育委員長、校長、教頭そして担任まで責任をとらねばなりません。たとえば、現場の教師が「いじめ」の存在を認めると、上司である校長や教頭のみならず市町村や都道府県のトップまでが責任を問われる。ですから、学校としては絶対に「いじめ」の存在を認めたくないわけです。
しかし、実際には入学式の日に後ろから蹴られたり突かれたりしていました。中学1年の家庭訪問の時には、母親もいる前で「○○君からいじめを受けている」と涙ながらに訴えているのです。暴行に耐えかね、教師に助けを求めたのです。しかし、担任は「まだお互いに小学生気分が抜けないんでしょう」と、「トラブル」として済ませてしまいました。息子はこの時、「先生に訴えても無駄だ」と絶望したのではないかと思います。以後、ずっと一人で暴力に耐え続け、ついには自ら命を絶ってしまいました。

放置された「いじめ」は継続、深刻化する

からかいやふざけ、いじめが発生した時、多くの学校は「いじめ」ではなく「トラブル」ととらえ、加害児童・生徒と被害児童・生徒を同時に呼び、「仲よくしなさい」と「指導」します。これでは「いじめ」を擁護したのも同然です。そして、「擁護」された「いじめ」は継続し、深刻化していきます。いじめられた子どもは教師への信頼をなくし、“仕返し”を恐れて「いじめ」を受けても教師へ訴えなくなります。その結果、被害を受けた子どもは「不登校」になったり、「自殺」を図ったりします。すると学校は、「いじめ」をなかったことにするため、今度は「家庭の問題」や「自殺した生徒の問題」にすり替えてしまいます。秀猛の時もまさにそうでした。「家庭に問題があった」「友だちとうまくコミュニケーションがとれなかった」などと言われ、遺族は子どもを亡くした悲しみに加えて大変な苦しみを味わいます。
文部科学省は一向に収まらない「いじめ」に対し、『早期発見の手引』の配布やアンケート調査によって、「いじめ危害の現実化を未然に防止するために、事態に応じた適切な処置をする」としています。しかし学校にはもともと「安全配慮義務」があります。文字通り、児童・生徒が安全に学校生活を送れるよう配慮する義務です。これを徹底すれば手引やアンケート調査など必要ないはずです。

学校の「安全配慮義務」の周知徹底を

「いじめ」はこれからも起きるでしょう。重要なのは、「いじめ」を継続、深刻化させないことです。そのためには、常日頃から子どもたちに「いじめは決して許されない」と教えること、そして、「いじめ」の訴えがあれば事実を確認し、「いじめ」だと判断した場合は子どもたちの前でいじめた児童・生徒を厳しく指導することです。そうした姿勢があればこそ、子どもたちは「いじめがあれば先生が助けてくれる」と安心し、「いじめ」を訴えてくるのです。
秀猛が亡くなった後、加害生徒の母親が私に涙ながらに言いました。「学校はいじめや恐喝のことを知っていたのに、私にはひと言も知らせてくれませんでした。知らせてくれていたら、私は命をかけても止めました」。学校が「いじめ」を隠すことは、加害生徒がきちんとした指導や教育を受ける権利をも奪っているのです。そして被害者の親が子どもを守ることや、加害者の親が子どもをしつけるチャンスもつぶしているのです。
2006年10月、「いじめ被害者の会」を設立しました。秀猛が亡くなって11年が過ぎた今も、悲惨な「いじめ」被害に苦しむ子どもたちは後を絶ちません。本当につらいことです。「いじめ」を「いじめる子、いじめられた子」という子どもたちの問題にしてはいけません。学校の「安全配慮義務」の周知徹底を訴え、「いじめ」による不登校、引きこもり、自殺から一人でも多くの子どもを救いたい。みなさんにもぜひ「安全配慮義務」に着目していただきたいと思います。

全国いじめ被害者の会 公式ホームページ http://www.izime-higaisha.net/