人権を語る リレーエッセイ

横田 康生(よこた・やすお)さん 第43回
自殺防止は、死にたい気持ちを受け止めることから


横田 康生(よこた・やすお)さん

NPO法人国際ビフレンダーズ大阪・自殺防止センター 副理事長

自殺に対する根強い偏見

私たちは、1978年から自殺防止に取り組んできました。1983年に自殺防止に取り組む国際的な組織、国際ビフレンダーズに加盟し、現在はNPO法人として活動しています。
日本社会には、死をもって償うことを「潔い」とする見方がある一方、自殺を「忌まわしいもの」としてとらえ、口にするのもはばかるという意識も強くあります。1998年以降、日本では年間3万人を超える人が自殺をしています。このことが大きく報じられたのをきっかけに、自殺を個人の問題ですませるのではなく、社会全体の問題としてとらえようという気運が高まりました。 2006年10月には自殺対策基本法が制定され、社会の意識は少しずつ進んできていると感じています。
ただ、「自殺するのは弱い人」「自殺は遺伝する」「自殺者を出した家庭は何か問題があるんじゃないか」といった偏見は今も根強くあります。また、女性に比べて男性の自殺者が多いのは、「死んで償う」という思いが強いことの表れでもあるでしょうし、つらい思いを誰にも話さず耐えるうちに「もう死ぬしかない」というところまで追い込まれてしまうというケースも少なくないように思います。

「死にたい」という気持ちから目をそらさない

私たちは、自殺防止センター設立直後から24時間体制で無料の電話相談を受け付けています。死にたい気持ちになった時はいつでも電話をかけてきてほしいという思いからです。電話でのやりとりのなかでは、「それほど辛い状態が続いて、今、死にたい気持ちになっておられませんか」と自死念慮の有無を尋ねます。自殺の危険度を察知したうえで相手に寄り添い、自殺防止につなげていくためです。相談員としてもなかなか口にするのが難しい問いですが、死にたいという気持ちから目をそらさないことが大切だと考えています。
というのも、死にたいという気持ちは人にはなかなか言いにくいものだからです。また、言われたほうも面食らってしまいます。けれど気持ちをどんどん外に出していくうちにある程度は消えていくものです。「死にたい」と100回言われても、「わかるよ、その気持ち。そんなにつらかったら死にたくなるのも無理ないよね」と、つらい気持ちをただただ受け止めて、話を聞きます。「死ぬなんて考えちゃダメ!」と言ってしまうと、つらい気持ちのやり場がなくなり、かえって追い詰められてしまうのです。

問題と向き合い、乗り越える力を信じて

ビフレンダーとは、be friend(友だちになる)から作られた言葉です。単なる友だちではなく、死ぬほどつらい時に友だちとして一緒にいましょうという気持ちがこめられています。私たちは、電話をかけてきてくれた人が、追い詰められた気持ちから少しでも解き放たれ、視野を広げて物事を考えられるようになるお手伝いをします。けれども、問題と向き合うのはあくまでその人自身です。
よく「どこの弁護士さんや病院へ行ったらいいですか」と質問されます。つい答えたくなりますが、特定の弁護士や病院を紹介することはしません。私たちのこともどこかで探して電話をかけてこられたわけですから、必要な情報や場所を探す力や問題と向き合う力はご自身でもっておられると思うのです。
なかには手首を傷つけながら電話をかけてこられる方もいらっしゃいます。そういう状況のなかから電話をしてくださるということは、やはり心のどこかで「生きていたい」という思いがあるからでしょう。それが私たちにとっても一番力づけられるところです。そんな時は、まず応急手当をしてもらい、話せる時間を確保するところから始めます。
相談してこられているからといって、力のない人だというわけではありません。相談を受ける私たちには知識や情報があるから力があるというわけでもありません。すべての人が問題と向き合い、乗り越えていく力をもっている。それを信じてお手伝いするのが私たちの役割です。

傷ついた遺族に対する精神的支援を

自殺防止とともに重要な活動となっているのが自死遺族の会です。自殺に対する偏見が根強いなかで、遺族は家族を失った悲しみとともに大変つらい状況に置かれます。「同じような思いをした人と気持ちを分かち合いたい」という、ある遺族の方からの電話をきっかけに、2000年12月から「土曜日のつどい」として始めました。新聞に取り上げてもらったところ、青森や広島、四国から飛行機を使ってまで参加された方たちもいました。背景はさまざまですが、「同じ死なのに、病死や事故死と自死とではどうしてこれほど扱いが違うのか」という嘆きは共通です。32年間、夫が自死であることを誰にも言えなかった女性や、父親が自死したことでいじめられた経験をもち、「今もどんなに親しくなった友だちにも父親のことは言えない。自分は人と“本当の関係”を築けない」と苦しむ大学生など、話を聞くだけで胸がつまります。「話せたことで少し楽になりました」と言っていただけることがせめてもの救いです。
「自殺は遺伝する」「家庭に問題があったんじゃないか」と偏見のまなざしで見られることも、逆に腫れ物に触るような特別扱いを受けることも、遺族にとっては大変しんどいことです。年間3万人の自殺者の周りにはその何倍もの遺族がいます。自殺に対する誤解や偏見を正しながら社会全体で自殺防止に取り組むとともに、残された家族に対する精神的支援をおこなうことが大切です。