人権を語る リレーエッセイ

中村 信彦(なかむら・のぶひこ)さん 第32回
障害のある人の就労支援に求められるもの


中村 信彦(なかむら・のぶひこ)さん

社会福祉法人とよかわ福祉会 専務理事
地域の居場所づくりから始まった

スワンベーカリー店内 わたしの地元である茨木市豊川地区には、知的障害者通所授産施設「あゆむ」があります。焼きたてのパンを販売する「スワンベーカリー」にはパンを食べられる喫茶コーナーが併設され、地域の人たちが訪れます。また、近くの企業や役所などへの配達もしています。メンバーは30人で、ベーカリー担当のパン工房班のほか、公園の清掃やアルミ缶収集、畑での野菜づくりをする園芸リサイクル班、2階の工房でクッキーやゼリーをつくるハンドメイド班に分かれて作業をしています。
パン工房班は、園芸リサイクル班とハンドメイド班とは賃金体系を分けています。というのも、「スワンベーカリー」は利益をあげることを目的とした「普通のパン屋さん」という位置付けだからです。メンバーたちは、路線バスに乗って通勤しています。なかには始発バスで到着し仕事に入る人もいます。
「あゆむ」は地域の運動から生まれました。1991年、知的障害をもつ輝(あきら)くんが、中学3年生の時に「ぼくは高校を我慢するねん」とクラスで発言したのがきっかけで、「地元高校に養護学級を」という取り組みが地域をあげて行われました。結果的には実現できなかったのですが、交流生として高校生活に参加しました。また、「地域に居場所を」と、地域の人に頼み込んで土地を借り、10坪ほどのプレハブ作業所を建てました。こうして無認可作業所「あゆむ」の活動がスタートしたのです。

「誰のための施設なのか」という問い

輝くんのいとこであり、隣人でもあったわたしも取り組みに参加しました。しかし、当時は「学校を卒業した後の居場所がない」ということに問題意識が集中し、障害者の自立生活や一般就労というところまでは思いが至りませんでした。
「あゆむ」では雑巾の縫製やアルミ缶の回収、公園の清掃活動などをしていました。当初はよかったのですが、親は年々老いていきます。「今はよくても10年20年先はどうなるのか。次のステップを考えておく必要があるのではないか」という声が親や支援者たちから出るようになりました。
将来のことを考えて認可施設をつくろうという話になった時、当事者である仲間たちから「それは誰が望んでいるのか」という声が挙がりました。「親や職員が立派な施設を望んでいるだけではないのか。障害者をその施設に閉じ込めるのか。誰のための施設なのか」との指摘にきちんと答えることができず、盛り上がりかけた施設建設の運動は振り出しに戻ったのです。

「福祉の受け手」からの卒業を目指して

自分たちはどんな方向性をもてばいいのか。考えた末に、「福祉の受け手ではなく、担い手になっていこう」という思いに行き着きました。10数ヵ所の作業所を見学し、配食サービスや休耕田を借りて野菜をつくる「園芸セラピー」など、さまざまな取り組みを検討しましたが、どれも一長一短です。その時、ヤマト運輸の創立者である故・小倉昌男さんの『月給一万円からの脱出』という本に出会いました。「1ヶ月働いても1万円そこそこの収入という福祉の“常識”はおかしい。障害があってもきちんと稼げる仕組みはつくれるはずだ」という主張に「これだ!」と思い、ヤマト財団が展開する「スワンベーカリー」の経営に手を挙げました。
立地条件やメンバーの就労時間の調整、顧客数の見込みなど、数々のハードルをなんとか乗り越え、「スワンベーカリー」をオープンさせることができました。同時に、「あゆむ」は認可授産施設となり、建物も大きく生まれ変わりました。
現在、メンバーは時給710円で働いています。フルタイムで働くことを目指していますが、現実は難しく短時間労働にとどまっています。経営はやはり厳しく、初年度は赤字決算となりました。検討会議を重ね、「売れ行きが悪いものは差し替える」「季節ものを入れる」「並べ方を工夫する」など試行錯誤しています。

自立支援に欠かせない「受け皿」づくりを

おいしいパン各種 わたし自身は「スワンベーカリー」や「あゆむ」を一般就労へ向けた“通過施設”としてとらえています。ここでパン屋としてのスキルだけでなく、社会で働くうえで必要な能力を身につけ、いずれは一般企業や事業所に就職してほしい。しかし、実際にはまだまだ難しいのが現状です。本人や親は「人間関係や仕事内容が厳しい一般企業よりも、ここにずっといたい」と思うし、企業側には「障害のある人をどう受け入れればいいのかわからない」というとまどいがあるからです。
確かに、思い切って一般就労にチャレンジしても仕事や人間関係に適応できず、辞めざるを得ない状況になる可能性はあります。その時、戻る場所がなければ、チャレンジそのものに躊躇してしまうのも無理はありません。
2006年度から施行された「障害者自立支援法」は、「障害者がもっと働ける社会を」と謳っています。障害者や施設に対して一般就労に向けた取り組みを促す移行支援事業といった“メニュー”も提示されています。しかし、一般就労の実現は、企業や事業所側の受け皿があってこそ成り立つものです。その「仕掛け」をどう作っていくかが問われていると思います。
わたしたちが今考えているのは、「企業内授産」という仕組みです。企業内で障害のある人ができる作業を洗い出し、授産として請け負う。一人分の仕事を何人かのメンバーでローテーションを組んで授産訓練をするのです。併行して一般就労に向けて職安などが検討します。当事者や施設の自己努力だけでなく、企業や行政とも一体となって取り組むことが本当の「自立支援」ではないでしょうか。
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