人権を語る リレーエッセイ

水越 洋子(みずこし・ようこ)さん 第31回
質の高い雑誌で、ホームレスの仕事を生み出す


水越 洋子(みずこし・ようこ)さん

ビッグイシュー日本版 編集長
ロンドンの街角に溶け込むホームレスの販売員

2003年に『ビッグイシュー日本版』を創刊しました。「ホームレスの仕事をつくり、自立を応援する」と謳っている通り、1冊90円でホームレスの販売員さんに卸し、200円で売ってもらいます。差額の110円が販売員さんの収入となります。最初の10冊は無料でさし上げ、その売り上げ2000円を元手にしてもらいます。
『ビッグイシュー』発祥の地はイギリスです。1991年にロンドンで創刊され、今では27カ国で発行されています。ちなみにアジアでは日本だけです。
『ビッグイシュー』に興味を持ち訪ねたスコットランド・グラスゴーで、街角に立って雑誌を売るホームレスの人の姿が自然に街に溶け込んでいたのが新鮮な驚きでした。その様子をそのまま大阪にもってきてもまったく違和感はないと感じました。むしろ「おはようございます」などと声をかければ、街角の風景として楽しいし、にぎやかでいい。「日本でもぜひやってみたい」と思いました。
ところが周囲は「止めたほうがいい」「失敗するに決まってる」と言うばかり。出版不況や若者の活字離れ、ホームレスの人から本を買うというなじみのない行為への違和感など、不安材料はいくらでもありました。ただ、私は若者向けのいろいろな雑誌を読み、政治や社会問題を正面から取り上げた若者向けのオピニオン誌がないことに気付いていました。そういう読み応えのある雑誌を求めている若者もいるはずだから、いいものを作れば売れるはずだと考えたのです。

日本のホームレスは仕事を求めている

創始者であるジョン・バード氏は、日本での創刊を快諾してくれました。「日本人は働きたいという意思を強くもっているから、うまくいくんじゃないか」と。イギリスはキリスト教に基づいたチャリティー精神があるので、いわゆる「物乞い」に対して小銭を入れてあげるという人がたくさんいます。だから「お金をくれる人がいるのに、なんで働かなくちゃいけないんだ」と言う人もいて、「働いて誇りを取り戻すんだ」と強調しなければいけなかったそうです。
日本のホームレスの人たちは最初から仕事を探しています。ほとんどの人が働きたいのに仕事がないという状況に追い込まれてホームレスになってしまったのです。私たちが仕事をつくる一方で、仕事が欲しい人たちがいる。思いがピッタリ一致していたのでしょう。「そんなことができるのか」というホームレスの人たちから不安や疑問の声も挙がりましたが、説明会には多くのホームレスの人たちが集まってくれました。
「なぜNPOではなく、有限会社にしたのですか?」と訊かれることがあります。わたしたちは、「ホームレスの仕事をつくる」ということを最大のミッションと考えています。そのためには売れる本をつくり、部数やスタッフの増減などにも臨機応援に対応する必要があるのです。そこで事業性を問われる「企業」という形にしました。

仕事の定着には人間関係が不可欠

販売員の一人当たりの平均の売り上げは、1日に25冊から30冊です。3000円程度が手元に入るので、その日暮らしはできますが貯金までは難しい。35冊から40冊ぐらいを売れたら1日に1000円ほど貯金ができ、8ヶ月蓄えればアパートの敷金分になります。住所がもてれば、本格的な就職活動ができます。『ビッグイシュー』は恒久的な仕事ではなく、“踏み台”なのです。ただ、街頭で販売する姿を見て、「あんなに一所懸命売っているのなら」とお客さんが仕事を紹介してくれたというケースもあります。街頭で自ら就職活動をしているとも言えます。
そんなケースも含めて、就職した後は「定着」という課題が出てきます。働くということは、経済的な自立や誇りを取り戻すことであり、とても重要です。けれども社会の一員として生きていくためには人間的なつながりが欠かせません。ホームレスの人たちのほとんどは家族や友人との絆や職場や地域の人間関係をすべて断ち切っています。仕事のしんどさをこぼしたり、共感してくれる人がいないわけです。するとつい、つらいことがあると辞めてしまうということになりかねません。
人は自分を理解し、共感してくれる人がいてこそ、つらいことを乗り越えてがんばろうと思うものです。いずれは就職支援やその後のフォローをするためのNPO「ビッグイシュー基金」を立ち上げました。

気鋭の学者からホームレス人生相談まで

今までに約400人の方が販売員の登録をされました。創刊以来、実売数は約205万冊となり、販売員の方に2億2550万円の収入をもたらしました。ところが毎年の決算では約1千万円の赤字を出しています。なかなか厳しい状況です。
一方で、雑誌の内容は充実してきたと自負しています。創刊当初は海外版の翻訳記事が多かったのですが、今は日本版のオリジナル記事が過半数を占めています。最近は若者に人気のロックグループ「BUMP OF CHICKEN(バンプ・オブ・チキン)」のツアーレポートを書いたのが縁で、コンサート会場周辺で『ビッグイシュー』を販売しました。「応援」ではなく、対等な立場で共同作業をする「コラボレーション」だと言ってくださったのです。ボーカルの藤原さんの「雑誌の存在そのものが“歌”じゃないですか」という言葉には感激しました。
また、脳科学者の茂木健一郎さんや社会学者の小熊英二さんがゲスト編集長を務めてくださる一方、ホームレスの方が読者の人生相談に答えてくれるコーナーが人気を集めています。「ひきこもり社会論」、雨宮処凛さんの「世界の当事者になる」というコラムにはコアなファンがついています。
これからも『ビッグイシュー』ならではの視点にこだわります。質の高い雑誌をつくることでホームレスのみなさんの仕事が増えれば、これほどうれしいことはありません。

『ビッグイシュー』ホームページ
http://www.bigissue.jp/