人権を語る リレーエッセイ

田中 俊英(たなか・としひで)さん 第30回
「ニート」を個人ではなく社会の問題として考える


田中 俊英(たなか・としひで)さん

NPO法人 淡路プラッツ 代表
「ひきこもり」から「ニート」へ

2004年あたりから「ニート」という言葉が広く知られるようになりました。ニートとは「Not in Education, Employment or Training」の頭文字をとったもので、「学生でもなく職業訓練を受けておらず、働いてもいない若者」という意味です。イギリスで使われている言葉ですが、定義は異なります。イギリスでは16~18歳で失業者を含みますが、日本では15~34歳で失業者は含みません。さらに家事従事者をニートに含めるかどうかで内閣府と厚生労働省の見解は分かれています。こうした区分けに対して批判的な人もいますが、ぼく自身は「ニート」という言葉や考え方が認知されたことを評価したいと考えています。
というのも、「ニート」以前に使われていた「ひきこもり」という言葉はマイナスイメージが強く、当事者たちを苦しめ、支援を難しくしていた部分があったからです。ずっと家にひきこもっている若者の存在が「ひきこもり」として知られるようになった頃、少女を誘拐・監禁するなどショッキングな事件が相次ぎました。それらの犯人が「ひきこもり」だったことで、一気に「ひきこもり」に対する眼差しが厳しくなったという経過があります。

「ニート」があぶり出した社会の問題
「何もしていない」という状態は「ニート」も「ひきこもり」も同じです。ただ、カタカナで表現されることで、重く暗いイメージが少し軽くなったと前向きに受け止める当事者が多かったのです。もうひとつ「ニート」には“功績”があります。
「ひきこもり」というと「能力がないために社会に入れない人」というイメージがあります。個人や家庭の責任であり、福祉の問題だというとらえ方です。一方、「ニート」は若者の就労問題としてとらえられるため、人件費を削減するために正規雇用を減らしてきた企業のあり方などをあぶり出しました。若者は働かないのではなく、働けないのではないかという問題提起がされたのです。個人の問題ではなく、社会の問題として考えられるようになったという意味では意義があると考えています。
一方で、厳密に見れば「ひきこもり」と「ニート」には違いがあります。何年も家族とも顔を合わせていない「純粋ひきこもり」の人と、友人もいるし遊びにも出かける「ニート」とでは必要な支援が違います。一人ひとりの状況や背景を踏まえた適切な支援が求められています。
若者を安く便利に使う社会を問うべき
学校を卒業する時点で就職し、従来のような社会生活を営んできたおとなたちは「ひきこもり」や「ニート」に対して批判的です。しかし90年代後半から労働をめぐる社会状況が大きく変化したことを認識してほしいと思います。企業が即戦力を求めるようになったため、新卒で採用し、じっくり人材を育てるという空気が薄れてきました。先に述べたように、非正規雇用で「安く便利に」人を使う傾向が強まっています。また、アルバイトでもなかなか採用されません。2回3回と面接で落ちる若者が少なくありませんが、なぜ落ちたのかはわからない。だんだん自信をなくして次へ挑戦する意欲を失ってしまう若者もいます。ハードルを越えて仕事を得ても、20年前とそれほど変わらない時給だったりします。
あるいは軽度の発達障害をもち、社会になかなか溶け込めない人もいます。 若者を「甘えている」「根性が足りない」などと非難する前に、若者たちを安く便利に使おうとする社会のあり方を問う必要があるのではないでしょうか。
親が動けば必ず子どもは変わっていく
昨年度から行政と連携して「トライアルジョブ」という取り組みをしています。就職する前の“練習”として、週に1、2度、企業や商店で仕事を手伝うものです。1回につき2時間で、無報酬です。「なんだ」と思われる人もいるかもしれません。でもこの2時間が「ニート」の彼らには大変なプレッシャーのようです。緊張のあまり眠れず、徹夜したためにミスが連発なんてこともあります。無報酬に反発されるかと思いましたが、「かえって気が楽」という人がほとんどなのには驚きました。かといって無責任なわけではなく、みんな真面目に取り組んでいます。覚悟した「ドタキャン」もほとんどありませんでした。
これを「軟弱な若者が増えた」ととらえるか、ぼくのように「リハビリ段階を組んだほうが将来的には働く若者が増える」ととらえるか。さまざまな意見があるでしょうが、ぼく自身は淡路プラッツで取り組んでみてよかったと思います。
子どもが「ひきこもり」や「ニート」になった時、悩まない親はいません。多くの親御さんが解決の手がかりを求めて、あちこちに相談されます。ただこの問題は非常に時間がかかります。だんだん「自分たちばかりが動いて、本人は家にいるまま」と無力感に苛まれる親御さんもいます。けれども親が継続的に動くことは必ず子どもに何らかの影響を及ぼします。最初は洗濯物を畳むようになったというようなささやかな変化ですが、時間をかけて子どもは変わっていきます。だからぜひ前向きな気持ちで行動していただきたいのです。そして社会全体としては、「ニートは個人の問題ではなく、社会問題である」ということを認識し、みんなが当事者意識をもって考えることが必要でしょう。