人権を語る リレーエッセイ

市原 悟子(いちはら よしこ)さん 第10回
「いい人」をやめることから始める子育てを



アトム共同保育園 園長
市原 悟子(いちはら よしこ)さん

 

なぜ悩みを素直に表現できないのか

私が園長を務めるアトム共同保育園(大阪府熊取町)では、次の3つのことを大切にしています。「子ども一人ひとりの個性を大事にする」「子どもたちの自己表現の力を育てる」「人間関係を築く力を養う」。子どもたちをじっくり見ていると、本当によくケンカをしています。ケンカを通じて仲間の個性を知り、自己表現の力を養い、譲り合ったり他人の気持ちを理解することを覚えていく様子がわかります。だからケンカはただ止めるのではなく、仲直りまでの過程に気長くつきあうことが大切なのです。
私が先に挙げた3つのことを大切にしていこうと思い始めたきっかけは、実は子どもではなく、親の姿を見て不思議に思ったことがきっかけです。育児で悩んでいるのに、素直に「悩んでいる」と表現できない。そして「ウチの子、こんなことしでかして大変やねん。あんたのとこはどう?」と、一番聞きたいことが聞けない。さらに、自分も子育てに悩み苦しんでいるのに、同じように子育てしている親に対する目がとても厳しい。ちょっとやんちゃな子がいると、すぐ「しつけがなってない」と批判的に見るのです。自分も同じようなことで悩んでいるのに。そんな親たちの姿が、私には不思議でなりませんでした。

 

自分を装うおとなたち

親だけでなく、職員にも同じものを感じました。新しい職員が入ってくると、やっぱり不思議な感じがするのです。同僚同士なのにものすごく気を遣う。しかも自分が納得していなくても相手に合わせることが気遣いだと誤解しているようなふしが見られました。みんなが意見を言い合うために会議という場をつくっているのに、その場では発言せず、終わった後でグチャグチャ言う。そうやって「無理」を重ねて、ある時「もう合わせるのは嫌だ」と思ったとたんに感情が爆発し、いきなり怒り出す。誰に強制されたわけでもない、自分たちでつくり上げていける場なのに、どうしてそうなってしまうのか。私には、親も職員もガチガチに装い、常に緊張しているように見えました。
では、私自身はどうなのかと、自分を振り返ってみました。私は小さな島に生まれ、限られた人たちのなかで育ちました。私のことは、いいことも悪いことも含めてみんなが知っているし、私もよそのおじいちゃん、おばあちゃんのことまで知っている。だから装う必要がなく、ありのままの自分でいられたわけです。この違いはとても大きいと思います。

 

都会も地方も同じ問題を抱えている

いつの間にか、多くの人が小さい頃から「いい子」であることを求められ、親や周囲の期待に自分を合わせながら育つようになりました。自分の本当の感情を受け入れてもらえないままおとなになれば、自分で自分の気持ちがわからなくなり、常に人間関係が緊張状態にあるというのも無理はありません。
こうした状態はアトム共同保育園だけではないのです。講演に呼ばれて行くと、東京のど真ん中でも過疎地の村でも同じ問題を抱えており、これもまた不思議でした。人と人とが関係をもち合うことでつくり出す環境が、都会も地方も関係なく壊されている。じゃあ一体誰が壊していったのでしょう。私にもはっきりとはわかりませんが、テレビ番組や流行などを見ていくと、何らかの形で煽り立てられてきたように感じます。
そのなかで育ってきた20代、30代の親に対して、50代以上の人たちは批判的になりがちです。私の講演先でも、「私たちは電化製品もない時代に子育てをしてきた。今どきの母親は恵まれているのに文句ばかり言う」などといった意見が出ます。けれども、今の20代、30代を育ててきたのは、50代以上の人たちです。若い世代を批判するのは簡単ですが、彼らを育ててきた世代としての責任は、誰が取るのでしょうか。

 

自分の「育ち」を振り返ってみよう

スイッチひとつで掃除も洗濯もできるからこそ、子どもに生活の知恵や支え合って生きることを伝えるのが難しい時代でもあるのです。私自身、娘とは「バトル(戦い)」の連続でした。私が「親が疲れているのに、手伝おうとは思わないの?」と聞くと、娘は「そんなにしんどそうには見えない。それに、友達のお母さんはみんな、家事をひとりでやってるよ」と言うのです。確かに、スイッチを押すだけなら大変ではないし、ガミガミ言うより自分でやってしまったほうが早いでしょう。「うるさいなあ」と子どもに煙たがられるのもつらいものです。
また、「みんなが持っているから」と子どもにゲームや携帯電話をねだられた時、「理解ある親だと思われたい」「ウチの子だけが持っていないのはかわいそう」と考え、買い与える親も多く見られます。子どもに「ウチの親はケチでやさしくない」と思われたくない。ここでもやはり「いい親」を装ってしまうのです。 「子育てがつらい」「すぐにイライラしたり落ち込んだりしてしまう」という人は、子どもに原因を求めるのではなく、自分の「育ち」を振り返ってみてください。「いい人」を装い続けて、疲れ切ってはいませんか?
自分を振り返ることなく、子どもに過剰な期待をかけたり干渉しすぎたりしてしまえば、子どももまた「装う人」になってしまいます。こわれてしまう子どももいます。自分と向き合うことは苦しいけれど、それを乗り越えて、本当の意味で賢くなってほしいと強く思うのです。