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...令和2(2020)年度 第6回...

自殺防止は「ありのままの気持ち」を話せる社会から


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認定特定非営利活動法人
国際ビフレンダーズ
大阪自殺防止センター理事長

北條 達人さん

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友となり、味方となって支援する

 国際ビフレンダーズ 大阪自殺防止センターは、1983年に国際ビフレンダーズに加盟し、活動をスタートしました。死を考えるほどつらい気持ちを抱えた方の言葉を受け止め、「話せてよかった」「生きてみようか」と思っていただけることを願いながら、無償ボランティアが活動を支えています。

 ビフレンダーズという名前の由来は、Be Friend。医師やカウンセラーなどの専門家ではなく、アドバイザーでもありません。その時の、声だけのつながりですが、「友となり、味方となって助ける」ビフレンディング(Befriending)によって支えを必要としている方たちを支援します。

 まず、現状からお伝えしたいと思います。新型コロナウイルスが世界中に感染拡大した2020年。日本では自殺者が全国で21000人を超えました。特徴は、女性が15%も増加したこと、高校生までの児童・生徒が過去最多となったことです。女性のなかでも特に若い世代の増加が見られます。「新型コロナウイルスによる経済活動や日常生活への影響」を指摘する声が多く見られますが、15年近く相談を受けてきた私は「それだけではない」と感じています。

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コロナ禍で増えた女性と若者からの相談とは

 そもそも思春期である10代は、みんな大なり小なり悩み、心が大きく揺れる時期です。大事なのは安定した環境があること。不安定な環境では、子どもが安心して揺れることができません。「思春期の葛藤を乗り越え、自我が芽生える」という人間の成長に必要なプロセスを経験できないばかりか、自傷行為に走るなど「揺れ」が負の側面に傾いてしまうこともあります。

 今回のコロナ禍で社会全体が不安定になりました。家族が苦境に陥ったり、精神的に追い詰められているという環境にいる子どもたちは多いでしょう。こうした状況で子どもが思春期の揺れのなかを過ごすというのは過酷だと思います。

 2020年夏以降、若い女性からの相談も増えています。特に多いのは、30代の女性たちの「生きづらさ」が強くなっていること。たとえば以前から暴力的だった夫と暮らしている女性からの相談がありました。外で友人と会ったりするなどして夫と過ごす時間をできるだけ短くしていたのに、コロナ禍でそれができなくなり、夫の在宅時間も増えてしまった。ストレスのある夫のDVはさらに激しくなり、追い詰められていました。似た内容の相談は少なくありません。

 父親からの激しい暴言に苦しむ10代の高校生からの相談も受けました。彼女はアルバイトでお金を貯め、高校を卒業したら自立をし、父親から離れると決めていました。ところがコロナでアルバイトのシフトが激減、解雇される恐れもある状況に。思い描いていた未来が崩れ、どうしようという状況でした。こうした相談が増えています。

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自殺増加を社会問題の深刻化として捉えながら

 コロナ禍によって新しく問題が生まれたというよりは、以前から起きていた社会の問題がコロナをきっかけに深刻化したと私は捉えています。女性への差別や男女格差、子どもへの虐待はずっと存在していました。個人がそれぞれにがんばって持ちこたえてきたのが、コロナ禍で一線を越えてしまった。それが相談や自殺の増加につながっていると考えられます。

 相談窓口を必要としている人は増えています。しかし私たちが受けることができる電話相談件数は総着信件数のわずか5%にすぎません。理由は圧倒的な人手不足。かつて100人を超える相談員がいましたが、現在は約40人。電話の受けられるのは金曜13時から日曜22時までと限られた時間です。自殺を考えるほどの悩みをもつ人の話を聞くことに責任を感じて躊躇される気持ちは理解できます。また、無償ボランティアをできる生活や気持ちのゆとりのある人が以前より減ってきているのも実感します。

 そんななかで、自分たちの活動をどう維持していくかは大きな課題です。講演を聞いていただくと、「とても大事な活動ですね」「がんばってください」と言われることが多いのですが、一方で自分たちの活動が圧倒的に知られていないのを実感します。ツイッターなどSNSで発信したり、積極的に取材を受けたりして「知ってもらう」活動を積極的におこなっています。

 私たちの窓口に電話してくる人の多くは、行政や病院などを含めて専門機関への相談を既にしている人たちです。それでもどうしようもない気持ちを受け止める場所として機能しています。社会的に大切な役割を果たしている相談窓口の在り方を、行政にも協力頂きながら共に考えていけたらと思っています。

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ありのままの気持ちを話せる社会を

 相談員の養成と同時に、自殺への偏見もなくしていくことも重要です。偏見があるが故に周囲に話せないことがたくさんあるからです。たとえば自分がしんどくなっていることを職場で話せない。話してしまうと「仕事を任せられない」「役に立たない」と評価されるのではないかという不安があるからです。遺族もまた「身勝手な死」といった自殺に対する偏見に苦しんでいます。ボランティア養成研修では、実際に相談を受ける人を増やすだけでなく、自殺の現状を知り、伝えてくれる人が増えてほしいという思いもこめて伝えています。

 また、ボランティア養成研修以外にも、自殺に関する知識をより広範に広めていただく機会としてゲートキーパー研修にも取り組んでします。「社会には自殺に関する強い偏見や差別があり、ゲートキーパー研修の講師を務めるのは自殺予防のためだけでなく、そのような差別解消ための啓発活動の意味もある」という思いがあるからです。

 もしみなさんが誰かに「死にたい」と打ち明けられたら、「そんなこと思ったらだめだよ」「何か楽しめることをやってみたら?」と否定したり励ましたりするのではなく、「自ら命を断ちたいと思うほど辛いんだね」とそのまま受け止めてください。「ありのままの気持ち」を誰かに受け止めてもらうことが、その人自身の「生きてみようか」という気持ちを支える一歩になります。

                                                     (20213月掲載)