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・・・H30(2018)年度 第6回・・・

すべての人が「回復」できる社会をめざして依存症と向き合う



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特定非営利法人いちごの会

 リカバリハウスいちご 
 所長 佐古 恵利子さん

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「意志」や「反省」ではなく、「治療」と「回復」を


 アルコール、薬物、ギャンブル・・・さまざまな依存症がありますが、誤解や偏見には共通点があります。ひとつは意志の力で治せると思われていること。薬物使用を繰り返す芸能人や、いわゆる「酒癖」の悪い人を非難したり、「意志が弱い」「反省していない」と決めつける風潮が根強いのですが、依存症は「病気」です。病気が「意志」や「反省」で治るとは誰も思っていないはず。依存症も同じで、必要なのは治療なのです。

 「リカバリハウスいちご」では、アルコール依存を中心に依存症の人たちの回復をサポートしています。回復(リカバリー)は依存症という病気からの回復だけではありません。それぞれの依存問題と向き合い、やめ続けていくことであり、ご本人やご家族一人ひとりの生活全体の回復も意味します。そのため、サポートの内容も自立訓練(生活訓練)、就労移行支援、カウンセリングや居宅介護、グループホームなど多岐にわたっています。



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 家族や仕事、そして生命。アルコール依存は「失う病」

 アルコール依存に至る人にはいくつかのパターンがみられます。ひとつは生まれ育った家庭環境です。親がお酒をよく飲み、子どもにも安易に飲ませるという環境のなかで、早くから依存が形成されてきたという方が少なからずいます。

 職場環境の影響もあります。たとえば営業職の人はどうしてもお酒を飲む機会が多くなりがち。たとえば私の父のことですが、同じ職場の方たちとお酒を飲んでいる場面をよく覚えています。そういう環境のなかで、父も飲酒量が増えていったように思います。

 また、アルコールはコンビニなど身近な場所で簡単に購入することができます。種類も豊富で値段も安く、女性や若い人たちをターゲットにした商品も多くあり、依存にいたる人たちも少なくありません。

 環境の問題のほか、さまざまな「喪失」を体験している人たちがいます。幼少期から親のアルコール問題や貧困、暴力といった生活環境のなかで、自分の望まぬ選択を強いられたり、十分な教育や保護を受けられなかったり。その結果、人間関係をうまく築けない、安定した仕事に就けないなど何らかの困難を抱えることがあります。アルコールはそのしんどさを一時的にしのいだり、手っ取り早い気分転換に使う手段として使われます。

 しかしアルコールは依存性の薬物なので、飲み続けることによって耐性ができ、量が増えていきます。1合が2合3合となり、やがて依存「症」へといたる----。最終的には家族も仕事も失い、生命そのものも危機にさらされます。アルコール依存症とは、「失う病気」であることを知ってください。



sub_ttl00.gif  安心できる居場所で、自分を見つめ直す




 アルコール依存症の背景には、「社会」のありようが存在しています。先述したように職場環境や「飲み会」でコミュニケーションをはかる文化、アルコールが安く、どこでも手に入ること。また、大阪には日雇い労働をされてきた方たちが暮らす「あいりん地区」があります。家庭環境がしんどく、若くして家を離れて大阪に来られた人たちの中にはアルコールに頼ってきた人も多くいます。仕事がなくなり、家族や友人もいないなか、何とか治療や支援につながった人が再び孤立しないためには、ともに暮らしたり仕事をしたり、何よりも日常的に話をする相手や居場所が必要です。

 同時に、自分自身と向き合うことも大切です。さまざまな困難のなかで身についたなかには女性や外国人、被差別部落に対する偏見や、力で相手を抑え込もうとする傾向などがあります。うまくいかないことのすべてがアルコールのせいではありません。自分を責めるのでも、相手を責めるでもなく、自分自身を見つめ直す。その過程で、自分のしんどさはもちろん、親のしんどさにも気づくことで怒りや思い込みから解放されることもあります。



sub_ttl00.gif  「あいりん地区」での取り組みを原点として

私自身の仕事の出発点は、大学時代に障害者運動を通じて「地域で自立生活を」という人たちの介護に関わらせてもらったことです。障害のある人が地域や自立生活からいかに排除されてきたかを知りました。さらに精神科病院に就職し、精神病の人々が長く「収容」されている状況や実態にも直面しました。

 精神科医療のなかでもアルコール医療は、啓発も含めて重要なことを牽引してきたと思います。一方で医療だけではかばえない「社会の課題」があるのも事実です。「リカバリハウスいちご」が開所にいたったのは、そうした問題意識をもった専門職の方たちによる、大阪の地域ネットワークづくりがあったからこそ。社会の「最底辺」といえる環境のなかで権利を侵されてきた人々が暮らす「あいりん地区」で、「すべての人が回復できる」ということに挑戦してきた経緯があります。

 2013年にアルコール健康障害対策基本法が成立し、国から推進計画が出され、各自治体で啓発の企画が動き始めています。私たちも地域ネットワークづくりの研修や、さまざまな依存症について学ぶオープン講座を開催していきます。これまでは依存症に苦しんでいる人やご家族に知識や相談場所の情報が届きにくく、社会には偏見がありました。どこにどう相談すればよいのか分からず困っている社会をより多くの人々の力を合わせて変えていきたいと考えています。



H31(2019)年3月掲載