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・・・・・ H28(2016)年度 第8 回 ・・・・・

障害者差別解消法

の意義と課題

〜「恐れ」を超えて、
法律に命を吹き込む~

社会福祉法人 

あいえる協会

理事長 古田 朋也 さん

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排除されてきた障がい者の歴史

 

 

2016年4月から、障害者差別解消法が施行されました。私自身、生まれつきの障がいがあり、入所施設で過ごした時期もあります。また、大学時代に障がい者問題を考えるサークルに所属して以来、障がい者運動に参加してきたことから、感慨深いものがあります。

 長い間、障がい者は社会から排除、隔離されてきました。特に重度障がいのある人は、地域社会から離れた施設で暮らさざるを得ない人が多くいましたし、今もたくさんおられます。その背景には、大家族から核家族へという時代の流れから、母親ひとりに介護の負担がかかった末に障がい者が殺されるという事件が相次いだということがあります。そうした事件を繰り返さないためにという名目で、大規模な入所施設が建設されました。しかし施設の構造は大人数の障がい者を少人数の職員でみるため、効率重視の介護にならざるを得ませんでした。




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自立と解放の運動の成果として

 

1989年、私たち(社会福祉法人あいえる協会)は、施設で暮らす障がい者の外出サービスを始めました。当時、施設に入所している障がい者は、ほとんど外出ができていませんでした。入浴も、職員の多い昼間の時間帯に流れ作業のように短時間になりがちで、外に出ることもできない、食事の内容も選べない。大部屋で病院に近いような生活でした。そのうえ、1986年には「施設費用徴収」として当事者に負担を求める動きがあり、「選べない暮らしに対してお金を負担させられるのはおかしい」と、全国的に問題になりました。その問題をきっかけに施設入所者との関係ができる中、それぞれの方に希望を聞いていったところ、「外に出たい」という声が強く、ボランティアを募集して施設から外に出かける取り組みを始めました。この外出サービスを機に、大阪ではその後全国に先駆けて、外出介助をするガイドヘルパー制度の利用が施設障がい者に対しても認められ、地域での自立生活につながっていきました。

 当時、障がい者が地域で暮らすにあたっては、さまざまな軋轢がありました。電車やバスの乗車拒否や、アパートの入居拒否、レストランなど店舗への入店拒否など、さまざまな場面で障がい者は排除、差別されてきたのです。障がい者運動では「地域での自立と差別からの解放」を掲げ、そうした差別一つひとつに対して取り組んでいました。今回、障害者差別解消法が施行されたのは、長年の運動の積み重ねをベースに、国際条約である障害者権利条約の発効など障がい者の権利を保障していこうという世界的な流れがあります。差別解消法はまさに障がい者の悲願であったと言えます。





sub_ttl00.gif さまざまな課題をどうするか

 

  

 

しかしまだまだ不十分なところもあります。ひとつは、「差別」という名称がつきながら、差別の定義が書かれていないことです。「差別かどうかは個別具体的に判断されるものであり、差別とは何かと一律に定められない」ということで、今後の課題とされています。また、法の規制対象が行政と事業所の2種類で、私人の行為や個人の思想言論は規制できないことになっています。また、不当に差別された、排除されたという事案しか対象にできず、外出先で「店員が話を聞いてくれなかった」「無視された」など「いやな気持ち」を感じる場面は多々ありますが、それだけでは対象にはなりません。そこをどう補完していくのかという課題もあります。

 さらに、「地方公共団体の責務として取り組む」と書かれているのですが、都道府県と市町村がどう役割分担をするのかが不明瞭です。職員を配置する予算も担保されておらず、兼務されているケースもあり、態勢としてもまだまだ不十分だといえます。




sub_ttl00.gif 「合理的配慮」を豊かな内容に

 

  

 

また、この法律には「合理的配慮」という言葉が出てきます。簡単にいえば、障がい者を排除しないよう調整や工夫をしようという考え方で、無理なことを求めるものではありません。しかし「差別解消法」という名称と相まって、「あれもこれも差別と言われて問題にされるのでは...」と危惧する人や事業所が少なくありません。そこに「面倒なことに関わりたくない」という本音が見え隠れします。

 

障がい者が排除される時、「恐れ」という言葉がよく使われます。住宅を借りる時は「火事の恐れがある」、テーマパークに行った時は「人が多いからケガをする、させる恐れがある」といった具合です。レストランでは「他の人の迷惑になる恐れがある」ともよく言われます。しかし、実際にはそんな恐れはありませんし、危ない目に合いたくないのは、誰よりも障がい者自身です。安全を確保するためにどうすればよいかもよく知っていたり、一人で行くのが難しい所には支援者も同行しています。

障がい者は、「ただ地域で、他の人と同じように普通に暮らしたい」と思っているだけであり、むやみに「差別だ」と問題にしたりしません。しかし、まだまだ障がい者との接点がないため、まわりの人が障がい者への無理解から過剰に反応してしまうことが多いように思います。

 実際には、今も理不尽な扱いに「差別」を感じながらも、あまりにもそういう場面に出くわすことが多いため、「またか...」とグッと耐えている障がい者のほうが圧倒的に多いのです。我慢するのが当たり前になってしまっていて、最初からあきらめている人も少なくありません。しかし、この法律をきっかけにして、障がい者が「つらいことは言っていっていいんだ」と考えてもらい、まわりの人も障がい者がいろんな店や施設を当たり前に利用することをまず受け入れてほしいと思います。そして、何か障壁になることがあれば、どうすればいいかを一緒に考えて頂きたい。「こうすればいい」という方法を一番よく知っているのは当事者です。「合理的配慮」の中身を障がいのある人とない人とが一緒に考えていくことこそが、この法律が生きたものになるかどうかの分かれ目ではないでしょうか。そのためにも、ぜひ地域で暮らす障がい者の暮らしぶりを知ってほしいと思います。わからないことがあれば、避けるのではなく、「どうすればいいか」と尋ねてください。そしてともに知恵を出し合い、事例を重ねて、「合理的配慮」の内容をもっと豊かなものにしていきたいと考えています。それは子どもや高齢者をはじめ、すべての人の暮らしに役立つものになるはずです。




H29(2017)年1月掲載