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・・・・・ H28(2016)年度 第 5 回 ・・・・・

子どもの貧困対策は、

明確な根拠をもとにした

仕組みづくりから

大阪府立大学人間社会システム科学研究科 

・教育福祉学類  教授

スクールソーシャルワーク評価支援研究所 所長

山野則子 さん

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「社会を変える」という視点で

 

  

 大学卒業後、1年間の精神病院勤務を経て、児童相談担当として福祉事務所で16年間働きました。1980年代から90年代にかけてのことです。その間にはさまざまな「しんどい」家庭との出会いがありました。シロアリのせいで床が歪んでいたり、天井からゴキブリが降ってきたり・・・。ここ数年、「貧困」がクローズアップされていますが、貧困は今に始まったことではありません。私の研究テーマにおける児童虐待や、スクールソーシャルワークという問題の根底には、こうした厳しい「しんどさ」があることを現場で学びました。

 当時から「どうすれば社会を変えられるのか」と考えていました。ワーカーとして与えられた仕事をこなすだけでは、貧困という実態は解決できません。個別の家庭をサポートすると同時に、構造化してしまった貧困問題に社会として取り組む必要があります。そこで、たとえば学校の先生や児童相談所、福祉事務所、保健所からメンバーを集め、「相談システムを考える会」というグループをつくりました。今でいうNPOです。勤務時間外に集まって、実態の情報を共有したり、事例をもとにしながらもどんな仕組みが必要か、その構築に取り組んできました。



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エビデンス(根拠)をベースに考える

 

  

 現在は大学で教えながら、内閣府の「子供の貧困対策に関する有識者会議」や「内閣府沖縄振興審議会総合部会専門委員会」において沖縄の子どもの貧困施策策定などに関わっています。大阪府や大阪市が実施する「こどもの貧困実態調査」も請け負いました。調査や事業を実施する際には、エビデンス(根拠)に基づいた仕組みや施策をつくることが何より重要だと考えます。最終的な目的や、支援を必要としている人たちに届かなければ、貴重な財源を使った事業もその場限りの対応に終始してしまいます。そのため、実効性のある事業に向けた仕組みづくりに関わる機会があれば、できるだけ協力したいと思っています。

 たとえば、子どもの貧困対策として全国的に「子ども食堂」が立ち上げられています。多くは民間団体による運営です。私が残念に思うのは、せっかくの取り組みが本当に必要としている地域や子どもに届いているかどうかが検証されていないことです。行政の呼びかけに応えた団体に任せるという形では、子ども食堂を構えた地域が貧困地域ではなかったり、対象者が歩いて行ける距離ではなかったりということが起こります。それではせっかくの取り組みが生かされず、利用者が少ないということで「ニーズがない」と判断されることにもなりかねません。また民間で行っているので行政はしなくていいという流れにならないか危惧します。歴史的には絶えずそういう流れです。

 



sub_ttl00.gif 学校をプラットフォームにした支援

 

  

 今後の「子どもの貧困対策」の重要なポイントは、施策に結びつけていくことです。前述の大阪での調査にあたってもかなり議論がなされました。そして最終的に、貧困問題の要因と言われている3つのキャピタルの欠如の実態をあきらかにするという合意ができました。

 3つのキャピタルとは地域や学校など社会との関係性である「ソーシャルキャピタル」、教育や健康などの「ヒューマンキャピタル」、そして「経済的資本」です。どの地域で何が欠如し、あるいは重なって欠如しているのかをあきらかにすることで必要な施策が見えてきます。

 仕組みや施策をつくるうえで大きな役割を果たせるのが「学校」です。乳幼児の場合は保健センターで健診などを通じて全員が把握されていますが、小学校入学と同時に保健センターとのつながりは切れてしまいます。その後は何らかの課題が表面化した子どもだけがケアされるというのが現在の仕組みです。しかし保健センターでの健診のようにすべての子どもの状況を確認できれば、早い段階で必要な支援につなげることができると私は考えています。



sub_ttl00.gif スクールソーシャルワークを活用して

 

  

 たとえば、子ども食堂も学校内で運営すれば、必要な子どもに届きやすくなります。イギリスではすでに学校を支援のプラットフォームとした取り組みが実現しています。学校内にいわゆる子ども食堂があり、シングルマザーを対象にしたタイプライターの訓練クラスがあります。事業の立ち上げ前には貧困調査で就学援助率など貧困の指標を徹底して洗い出し、しんどい地域に対して重点的に予算を配分しています。現地を視察して感銘を受けたのは、学校の先生はもちろん、食堂や学習支援、学童保育のスタッフ、地域の子育て支援センターなど子どもに関わるあらゆる人々が調査結果を共有し、対象者を理解していることでした。

  日本でも2008年にスクールソーシャルワークが導入されましたが、まだまだ十分に生かされているとは言えません。学校側はNPOなど外部団体に対する警戒感も強いのですが、スクールソーシャルワーカーは学校と外部とのギャップ、警戒感を中和する役割も果たせます。

 子どもの貧困や虐待をはじめ、放置できない課題は多々あります。限りある財源を少しでも有効に使うためにも、当事者の状況やニーズを的確に把握するための調査と、その結果(エビデンス)に基づいた仕組みづくりが不可欠です。そして支援者の善意や熱意に依存するのではなく公の施策として取り組まれることが、持続可能でより多くの当事者に届く支援となるはずです。



H28(2016)年10月掲載