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...令和22020)年度 第5回...

ホームレス問題は複合的な視点でとらえ、息長い支援を

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桃山学院大学社会学部准教授

白波瀬達也さん



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ホームレス問題は他人事ではなかった

 
 ホームレスの人権問題について、大阪市西成区あいりん地区(通称・釜ヶ崎)に焦点を当てて考えたいと思います。あいりん地区は高度経済成長期からバブル期にかけて建設業に従事する単身男性が急増した日雇い労働者のまちです。困窮し、仕事を求めてきた人が多くいました。そしてバブル崩壊以降は一気にホームレス問題が深刻化しました。

 ちょうどその頃(2000年代前半)、私は大学生でした。「氷河期」と言われるほど学生の就職難も深刻で、非正規雇用や失業の問題は他人事ではありませんでした。大学で社会学を学んでいた私は、フィールドワークをしながら現場の課題を知りたいと考え、大学院に進んだ2003年から釜ヶ崎で夜回りや生活相談などの活動に参加し始めました。

 困難な状況にある人たちと出会うなかで見えてきたのは、「不利が重なった結果が現在である」ことです。失業したり家族とのつながりが切れていたりする人の人生を遡(さかのぼ)ると、「教育を受ける権利を奪われていた」「非常に不安定な環境に育った」など不利な状況の積み重ねがあり、それに対して社会制度が対応できていなかったということが多々ありました。

 

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「ホームレス」でくくると見えなくなるもの

 
 もうひとつの大きな気付きは、知的障がい、発達障がい、精神障がいなどがある人が非常に多いことです。景気のいい時は仕事があっても、経済状況の悪化や技術の高度化に伴う単純労働の減少などにより失業してしまう。障がい者雇用という枠ではなく、一般の労働市場で働いてきた人たちが仕事を失い、厳しい生活状況に追い込まれているという実態が見えてきました。

 教育の機会や障がいに対する適切な支援がなく、不安定な生育環境や希薄な人間関係の中で育つという「不利」な状況は、その人の人権を非常に脆弱にします。たとえば情報や知識がないため社会福祉制度を利用できず、利用しても「怠け者」「自己責任」といったレッテルを貼られるなどして早々に抜け落ちてしまいがち。相談したり気にかけたりしてくれる人がいないため、貧困ビジネスなどの搾取、被害に遭(あ)いやすいなどです。

 ホームレス問題を考える時に気をつけなければならないのは、「ホームレス」「野宿」というテーマでくくってしまうことで、障がいや家族、制度の問題が見えにくくなる危険があることです。失業したら就労支援、野宿には住宅の手当というように今の困難「だけ」に焦点を当てた支援では、その人が長年抱えてきた根本的な困難や生きづらさを解消することはできません。その人と社会との関わりを見直し、障がいや依存症などの問題を抱えている場合は専門的な施設にどうつなげるかなど、現状を手当しながらさまざまなアプローチが必要です。ホームレス問題とは多くの要因が絡み合った複合的な問題なのです。

 また、ホームレスを特別な問題だという捉え方が、ホームレスの人たちにある重なった困難は私たちにもつながることだ、という気づきを得にくくさせているのです。

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コロナ禍で追い詰められる人々が増えている


 近年のあいりん地区は著しく高齢化が進み、生活保護受給率も約40%と高くなっています。一時に比べて減少はしましたが、ホームレス状態で暮らす人も約300人います。一方でこの10年ほどは旅行客がとても増え、周辺地域からも主に飲食店を目的に遊びに来る人が増えていました。そこに新型コロナウイルスによるパンデミックが起こりました。

 旅行客も含めた来街者は激減、特に観光関係は大きなダメージを受けています。あいりん地区では炊き出しが減少しました。ステイホームのできないホームレスの人たちは高い感染リスクにさらされています。ホームレス生活からの脱却を目指す仕組みである雑誌『ビッグイシュー』も路上販売が難しくなりました。また、緊急事態宣言等の影響で日雇い等の求人が4割減となる等生活費を得ることが困難となりました。

 そんな中、コロナ禍で追い詰められる人が増えています。認定NPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」によると、例年のおよそ2倍の相談が寄せられており、特に女性からの相談が増えているそうです。同じく認定NPO法人「Homedoor」でも20204月以降、正社員や個人事業主からの相談が大幅に増加しているとのこと。今後、家を失う人が出てくるのでないかと危惧しています。


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あいりん地区のセーフティネット機能を強化へ


 ホームレスは「人」ではなく、「家がない」という状態です。その人が社会から孤立することなく、人とつながっていくにはまず生活の拠点となる「住宅」が必要です。公的機関による住宅の確保は欠かせません。

 しかし住まいを得ながら孤立死する人も絶えないという状況もあります。住まいという物質的な支援と社会関係を生み出す支援の両方が求められます。そのためには政策や制度を定めて実行する行政と、現場の知恵やネットワークを蓄積しているNPOや市民団体との官民協働を強く進めてほしいと思います。生活保護の柔軟な対応や息の長い生活・就労支援ができれば、一時的に困窮に陥っても再び意欲をもって自立できる人は多いはずです。

 あいりん地区は差別や偏見のまなざしを向けられてきた地域ですが、困窮した人を受け入れ、セーフティネット機能を果たしてきた地域でもあります。このセーフティネットをどのようにアップデートしていけるのかに知恵をしぼり、地域の人たちが地元を誇りに思えるまちへの第一歩にしたいと考えています。

                                                      (2021年3月掲載)