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・・・・・ H29(2017)年度 第4回 ・・・・・

「反ヘイトスピーチ」の流れをさらに大きく

ヘイトスピーチ解消法が後押しするものと今後の課題

特定非営利活動法人トッカビ 

代表理事 朴 洋幸(ぱくやんへん さん

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差別はずっと存在していた

 

 

2016年5月、ヘイトスピーチ解消法(正式名称:本邦外出身者に対する差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律)が成立、同年6月より施行されています。ヘイトスピーチという個別の問題に対する対策法ではありますが、条文に「(本邦外出身者すなわち外国人に対する)不当な差別的言動は許されない」と明確に謳われました。これは戦後初のことでもあり、非常に画期的な法律として素直に喜びたいと思います。

 ヘイトスピーチという言葉自体は、ここ数年で広く知られてきましたが、差別はずっと存在していました。私自身は、大学時代、教室の机に在日コリアンに対する差別落書きを見つけたのが最初の体験でした。私は20歳になるまで本名を名乗れなかったのですが、それが自分にとって自然な形だと思っていました。周りにも「(本名を名乗るかどうかとアイデンティティは)関係ないよ」と話していたのです。しかし、初めて差別落書きを目にした時、実は本名をあきらかにすることによって「社会的な緊張感」みたいなものを受けるであろうことを感じ取っていた、だからこそ本名を「名乗れなかった」ということを自覚させられたのです。




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ネットの広がりとともに外れた「ブレーキ」

 

一方、その頃の日本社会(1980年代後半)は、在日コリアンに対する差別を「いけない」とする風潮が高まっていました。国際交流が叫ばれるなか、「まずは日本社会に存在する在日コリアンの歴史を正しく知ろう」という流れがあったのです。しかし日韓ワールドカップが開催された2002年前後を境に、徐々に嫌韓ムードが広がり始めました。それが歴史修正主義といわれる考え方へと発展し、街頭で堂々とヘイトスピーチがなされるまでに至ったととらえています。「在日特権を許さない市民の会(在特会)」の活動が目立ちますが、「差別を容認する」という土壌があったからこそ、在特会が生まれたのでしょう。

 差別はずっと存在していたものの、かつては「人前で言うのははばかられる」という感覚があったように思います。しかしインターネットの広がりとともに個人が自分の考えを自ら発信し、仲間を増やすことが手軽にできるようになったことが、皮肉にも差別的な考えを共有する人たちを結びつけることにもなりました。そのため心のブレーキが外れ、差別が「表現してもいいもの」へと変わってしまったのです。



sub_ttl00.gif 法律が後押しした「反ヘイト」の流れ

 

  

 

こうした経過、背景のあるなかで、ヘイトスピーチ解消法が施行されました。「禁止条項がない」「具体的な施策などが明記されておらず、実効性が弱い」など不十分さも指摘されています。しかし、法律の後押しがさまざまな形でよい影響を及ぼしているのも事実です。たとえば、街頭でおこなわれるヘイトスピーチに対して抗議活動をしている人たちは「警察の向きが変わった」と言いました。以前はヘイトスピーチに抗議する人たちを規制し、あたかもヘイトスピーチを擁護しているかのようだったのです。しかし法律ができてからは、ヘイトスピーチをする人たちに向かって「やめましょう」と呼びかけるようになりました。法務局の職員が状況を確認しに来ることもあります。こうした姿勢が、ヘイトスピーチをする側にはもちろん、たまたま現場に居合わせた人たちに与える影響は大きいでしょう。地方自治体の間でも、ヘイトスピーチのための公園使用を許可しないなどの動きも広まっており、今後も社会全体で「ヘイトスピーチは許さない」という空気が醸成されていくのを期待しています。



sub_ttl00.gif 国際条約も活かした教育、啓発を

 

  

 

また、ヘイトスピーチ解消法の施行を受けて、法務省がヘイトスピーチや外国人住民に対する調査を実施したのもひとつの前進だと受けとめています。ヘイトスピーチに関する調査には「どうして生きているのか」「出て行け」といった言葉が投げつけられ、非常に傷ついた人たちの声がありました。また、外国人住民に対する調査では、「外国人であることを理由に入居を断られた」人が約40%、「『外国人お断り』と書かれた物件を見たのであきらめた」人が約27%にのぼりました。就職についても「外国人であることを理由に断られた」人が25%、同じ仕事をしているのに賃金が日本人より低かった」人が約20%います。こうした実態があきらかになったことは大きく、国や地方自治体がどう取り組んでいくかが問われます。


人権問題に取り組む私たちの課題でもありますが、人種差別撤廃条約など国際条約の活用が不十分であることも否めません。そもそも条約の存在や内容自体があまり知られていないというのが現状ではないでしょうか。今後は教育や啓発を通じて国際条約の存在や理念を伝え、活用したいものです。そのうえで、日本になぜ在日コリアンが存在しているのか、その歴史をしっかり学ぶ機会を教育のなかに盛り込んでほしいと思います。

日本には、今多くの外国人住民が暮らしています。文化や習慣、言葉の違いが壁となって情報が届かないという問題から、トラブルが起きやすいのも事実です。しかしトラブルは、起こしている(と見える)側の生きづらさを表しているとも言えます。表面的なことばかりにとらわれず、お互いがよくなるために何ができるかを考えるほうが、長期的には地域の安心や活性化につながるでしょう。ヘイトスピーチ解消法によって少しずつ変わり始めた風向きを、さらによりよい方向へとみんなで進めていきましょう。



H29(2017)年8月掲載