人権インタビュー

まず「正しい知識」を持つことが差別問題解決への道だと思います。
鳥越 俊太郎(とりごえ しゅんたろう)さん
 バックナンバーはこちら
部落地名総鑑事件について
 鳥越 俊太郎(とりごえ しゅんたろう)さんの写真

部落地名総鑑事件が今でもあるんですね。私は記者時代に大阪にもいたから知っていますが、(関西、西日本に比べて)被差別部落の少ない(東京などの)関東の人間にはピンと来ないかもしれませんね。
部落差別については、歴史的に見るとひどい時代が長く続いたことは確かです。しかし今でもこうしたことを問題にして調べる人がいるというのは信じられません。まあ背景には、いろんな要素が絡んでいるのでしょう。おそらく調査業者が名簿を作ったりしているのでしょうね。

部落差別の淵源についてはいろいろ議論はありますが、少なくとも明治の壬申戸籍でも固定し、以降も問題は残されたわけですよね。戦後は、部落解放同盟を中心とした厳しい差別糾弾がありましたし、差別をなくす取り組みも進んでいます。その中でこういう隠微なかたちで差別意識が残っていることが問題ですね。この事件は単純なプライバシーの侵害問題じゃないです。日本の社会に根深くはびこっている差別意識の問題だと思います。
部落差別の歴史

日本には被差別部落への差別問題だけでなく、在日韓国・朝鮮人への差別があるし、沖縄も差別の対象でした。昔はこのような人々は、結婚からも職業からも閉め出されていました。だから実力で生きていける世界に進むことが多かったのです。たとえば芸能の世界、あるいはスポーツの世界。そうしたことは歴史的事実としてあります。
現在は、沖縄に対する差別はかなりなくなってきていると言っていいし、在日韓国・朝鮮人についても、最近は韓流ブームの影響もあって「差別することは良くないこと」という社会的認識が進んでいると思います。その中で根深く残っているのが部落差別です。地名総鑑のような物が出版されること自体、憲法違反ですよ。
企業の就職差別は昔からありました。企業が身元調査を平気でやっていた時代がありました。差別問題が社会問題化するにつれて、企業のそうした行為は減ってはいきました。公務員についてはかなり前からなくなっていましたしね。

いろんな歴史の流れをたどって、最近では部落差別は社会の表面からは消えているかのように見えます。しかし実はやっぱり根深く残っているんですね。自分の息子が結婚する時「結婚相手はどこの出身か」と、気にする親がまだ多くいます。人権意識が低いころの昔のままの状態を引きずっているんですね。これは簡単に消えないでしょうね。人間の意識ってそう簡単には変わらないのでね。ある程度世代交代をし、それからメディアも間断なくこうした問題を取り上げて注意を促していかないといけません。
部落差別の問題性について

昔は職業的なことだとか、目に見える部落差別の現実というものがあって、差別が再生産されていく社会構造があったわけですけれども、現在は差別が発生してくる根っこがなくなってきています。
部落差別は、私の出身地の福岡にもありました。私の親はどちらかと言うとリベラルな人間でしたから、そういう問題の相談にもよく乗っていましたね。妻がそうだとか夫がそうだとか、結婚でもめるわけです。そんなとき父親は「もうそういう時代じゃないでしょう」と説得していましたよ。いまの世の中に部落差別なんてあってはなりません。
一時期は新聞社をはじめメディアもこの問題には神経質になっていましてね。私が記者だったころは、「部落」という言葉を使ってはいけない、とか言われていました。実際はいろんな地方で、ふつうに「○○部落の寄り合い」と言っているんですよ。でもそう書くとデスクに「○○地区の寄り合い」に直されたり……そういう行為が逆に差別意識を生むのですよ。「○○部落」と書いても何の問題もないような、そんなことを気にしなくていいような時代が早く来ないかと思っていましたね。

証拠はないですが、おそらく昔は新聞社も就職差別をしていたと思います。でもいまはそれはないでしょうし、本当に部落問題を人権の立場から突き詰めて考えていれば、メディアも正しく対処できるはずです。この問題に対する中途半端なメディアの扱い方が、逆に差別行為になっていくという面があります。


メディアの役割と寝た子を起こすな論

「差別は表面的には消えているから、分からない人には知らせない方がいい」という考え方があります。いわゆる「寝た子を起こすな」論ですね。私は反対です。長い目で見れば事実は事実としてきちんと報道した方がいいと思います。
たとえば私たちジャーナリズムが誤報をすることがあります。そのときにやはり「寝た子を起こすことになるから、誤報のお詫び・訂正なんて小さくやっておけばいい」という人がいますが、それは対応としておかしいと思います。誤報をしたら誤報と同じぐらいの大きさの記事で、なぜ誤報が起きたか背景から検証して、きちんと報道すべきなんです。
差別問題についても同じです。どこに間違いがあったのか、きちんと明らかにしていくことが、本当の意味で差別問題を社会からなくしていくための正しい道だと思います。寝た子を起こすなと隠して報道しない、しかし周りの人は差別が起きたことを知っています。そうすると逆に、ひそひそと口伝えで差別意識が深く潜っていきます。現実的な根拠は何もないまま、差別意識だけが深く国民の中に潜り込んでいくことになります。それがいちばん怖いのです。

そうならないためには、問題が起きたら、メディアはすべて明らかにして、正面からきちんと取り上げることです。そしてどこに問題があるか、なぜ問題になるのか、ある程度解説もきちんと書いて報道していくべきです。部落差別についてよく知らない人にこそ知らしめる必要があります。知らない人ほど差別するのです。世界には民族や人種、文化、宗教などが違うという理由で、さまざまな差別が発生しています。そういうものに比べると、部落差別は具体的な根拠がありません。にもかかわらず差別が起こっています。それはどういうことなのか、そこをきちんと問題にするべきです。


差別をなくしていくには

残念ながら今日の社会にあっては差別意識は人間の社会に存在しています。アメリカをご覧なさい、差別意識の大氾濫じゃないですか。「支配する者」と「支配される者」という社会関係が続く限り、必ず差別は生みだされると思います。日本の被差別部落も、もともとは支配と被支配に関係したものでしょう。士農工商とは別に被差別階級を作りました。民族を分割し、互いを戦わせて支配するのと同じやり方です。支配者というのは大体同じ手段を使うのですね。そういった歴史も学校できちんと正しく教える必要があります。事実をよく知らない人ほど、無意識に差別用語を使ったり、差別発言をしてしまうのです。
こうした差別を一掃していくには、一つには教育が重要です。それから行政、自治体も努力しないといけません。興信所等調査業者に対する教育も大切です。また、弁護士、行政書士など8つの資格職に対して、戸籍謄本の不正取得をすれば資格を剥奪する処分をするとかの措置が必要です。

そしてメディアもことあるごとに人々を啓発していく必要があります。何事も公開して明らかにすることによって解決していかなければなりません。私たちジャーナリズムの役割も大きいと思いますね。

 


【部落地名総鑑事件】
1975年、全国の被差別部落の地名を載せた図書「部落地名総鑑」が販売され、企業などが購入していた問題が発覚。これに関して法務省が調査を実施し8種類の地名総鑑を確認するとともに発行者や購入者に勧告。1989年には法務省から同事件の終結宣言が出されていたが、2005年・2006年、大阪市内において第9、第10の地名総鑑が発見された。

【戸籍謄本不正取得事件】
2004年、大阪府や兵庫県の行政書士らが戸籍謄本などを不正に取得し、調査業者に販売していたことが発覚。弁護士、行政書士など8つの資格職は「職務上請求書」によって個人の戸籍謄本等を取得できるが、これらの行政書士は調査業者の依頼を受け、「職務上請求書」を悪用して大量の戸籍謄本を取得・販売していたもの。調査業者は取得した戸籍と部落地名総鑑を照合することで差別身元調査を行っていたと見られる。

鳥越 俊太郎(とりごえ しゅんたろう)さん
ジャーナリスト

1940年福岡県生まれ。京都大学文学部卒業後、毎日新聞社入社。新潟支局、大阪本社、東京本社の社会部を経て『サンデー毎日』編集部へ。82年から83年、アメリカ・ペンシルバニア州クエーカータウンフリープレス紙に職場留学。帰国後、外信部テヘラン特派員、『サンデー毎日』編集長。89年テレビ朝日「ザ・スクープ」キャスター、2002年テレビ朝日「スーパーモーニング」コメンテーター、2003年から関西大学社会学部教授を務め、現在 同大学客員教授。著書に『ニュースの職人 「真実」をどう伝えるか』(PHP研究所)、『報道は欠陥商品と疑え』(ウエイツ)など。
 バックナンバーはこちら

鳥越 俊太郎(とりごえ しゅんたろう)さんのプロフィール